2006年10月30日
愛情編1999年にCDでーたViewsic(現M-ON!)の共同企画として放送された「THE ELEPHANT KASHIMASHI SPECIAL 宮本浩次インタビュー」、今回は「激情編」に続いて放送された「愛情編」の前半部分を再現してみました。
インタビューはエピックとの契約が切れ、新たにポニーキャニオンと契約を結んだ頃の話から。僕はちょうどこの頃ファンになったので当然の話なんですが、改めて番組を見るとエピック時代よりもこの頃の曲の方が懐かしくて不思議な感じがしました。契約切られた頃はかなり苦労が多かったようで、前回にも増して宮本のトークが支離滅裂になってました(苦笑)。宮本浩次が「愛情」について当時なりの素直な気持ちで語っていますので、エレカシファンで番組を見てなかった方、“根気”に自信がある方は読んでみて下さい(笑)。

宮本浩次
愛情編「僕はやっぱり非常に歌が好きで、人と飲み屋なんか行っちゃうとギターなんかが置いてあるでしょ?「歌ってくれ」って言われると最初嫌がって照れて…照れるっていうかカッコつけて嫌がって「いいよ、いいよ」なんつって。いざギター持たされちゃうと、みんな飽きがくるまで歌ってたりしますけどね。まあいいや。」



どこまでも ついて来る 世間の影 
つかまえて 勇気づけて 俺を

ココロに花を孤独な旅人
8th「ココロに花を」より

孤独な旅人 いずれ僕ら そんなものだろう 
浮雲のように ふわふわと

このまま全てが叶うようなそんな気がしてた
明日もがんばろう 愛する人に捧げよう

ココロに花を四月の風
8th「ココロに花を」より

何かが起こりそうな気がする
毎日そんな気がしてる


中西豪士(CDでーた)
「『四月の風』、これが…移籍というか新しい第2期と言っていいのかあれなんだけれど。エレファントカシマシのスタートの曲だったな〜っていう事なんだと思うんだけども、これはみんなでエピック切れた後に、ライブ活動していた時に作ったの?」

宮本浩次
愛情編03「…そう…じゃないですね。何もしてない時にね、家で何しろ曲を作んなきゃいけないっていう風になりますよね。これはどうしたって僕ら仕事っていうか何でもかんでも…契約が切れて一番困っちゃったのはね、何しろ給料がもらえなくなっちゃったんですよ。そうするとメンバーなんか子供がいるメンバーがいたりとかね。それは別に…それだけ云々って事ではもちろんないんですけどね、ただ単純に僕らがお金がないとね…僕は実家が近かったですからね、家で飯とか食ってたんですけどね。普通に晩飯とかね。ただ要するにやっぱ職業としてやってる部分においてね、これはやっぱり非常に曲を作ってやってかなきゃいけない…何しろいっぱい曲作ったんですよ。契約が切れたぐらいからね。ずいぶん曲作ってまして。で、その力試しで色々ライブハウスを…まあ手伝ってくれる人がいましてね。下北沢なんかでね、ライブハウス結構あるんですけども、そういうとこでコンサートやってライブやって。そん時はでも『四月の風』って曲はやんなくてね。かえってその…『ココロに花を』に入ってる『悲しみの果て』っていう曲であるとかね、あとよくやってたのが、えーっと…だけど『悲しみの果て』っていうのが一番自分の中では好きでね。よくライブで演奏してましたね。あん時は僕はね、非常に屈折した状態での曲の作り方ですよ。『ココロに花を』ってのはね。王道じゃないんです。だけど結局『四月の風』って曲もね、非常に自分の中で開放感がある「何かが起こりそうだ、僕らきっと何かいい事あるんだ」みたいなね。そういうトーンでしたけども。それは非常に素直でね。素直に歌われてるんですけどね。非常に僕は当時のインタビューの雑誌で誰かに言った事あるんですけども。僕はこれは“主流”じゃないと。それは負け惜しみでも何でもなくてね、主流じゃないけど非常に素直に作れたんだって。『悲しみの果て』って曲は。それは事実なんですよ。別にそんな大袈裟な事じゃないんですけどね。自分にとっては非常にそういう色々…契約切れるとかね、そういうものが自分にとってはね、それは“悲しみ”っていうほどのものでも…まあ悲しかったんでしょうね。悲しかったとか苦しかったとかって。そればっかじゃないんですけれどもね。ただ逆にそういう風に希望をもってライブハウスなんかでやったりとかね。ずいぶん楽しくやった部分もありました。非常に直接的にライブっていうのはね、お客さんと接する事ができますからね。やっぱりライブの中で新しい曲をね、『悲しみの果て』にしろ『かけだす男』っていう曲にしろね、アルバムに入ってる曲…試していけたっていうのはね、何しろ非常に新陳代謝っていう部分ではね、何となく自分の中で新しい事をやってるっていう実感の中でね、『ココロに花を』っていう新しいレコード会社に入ってからの。ポニーキャニオンっていうレコード会社に入ってからの一連のスタートっていう感じがしましたよね、はい。」

中西豪士
「『Baby自転車』。これも凄く…。」

宮本浩次
愛情編「そうなんです。『Baby自転車』って曲と、その『四月の風』って曲…『四月』の曲と『Baby自転車』って順番でね。『ココロに花を』ってアルバムが全部で11曲入ってますけどね、そん中で一番最初かかった(作った?)のが『四月の風』。それから『Baby自転車』って。この2曲が非常に中心になってまして。今なんか聴くと非常に恥ずかしいですけどね。非常に大事な事の一つとしてね、女性問題っていうかね…女性問題って言ったらあれですけど、何しろ彼女と一緒に朝の町を散歩したりするの…朝でも夕方でもね、散歩が非常に好きでね。そういう時にね、一人で歩いている時にね、それが羨ましいかどうかは別としてね、二人乗り…若い高校生なんかが自転車乗ってるんですよ。僕ら4人でね、オヤジ面下げてさ、契約も切れて歩いてる時に、自転車乗ってたりしましてね。これは羨ましいっていうよりも何よりも、非常に爽やかな感じがしたのは事実なんですよ、これね。僕は非常に個人的に散歩するのが非常に好きでね。「ほら猫が歩いてるよ」とか「ほらカラスが飛んでるよ」とか「スズメがいるね」とか何でもいいんですけど、住宅街を歩くって事が非常に美しい事のように感じちゃいましてね。『Baby自転車』って曲、自転車で二人乗りしてる曲なんですけど。カップルがね。僕ん中ではそういう彼女っていうのが“支え”じゃないけどね、やっぱそういう風に感じてたって事実なんですよ。逃げじゃなくね。本当にそれって非常に素敵な事なんじゃないかって思えたんですね。だから『悲しみの果て』なんかも特にラブソングだったし、まさにもう一方の“男”として、やっぱあるんだなって強く感じたです。頼りに…頼りにっつっちゃ〜変だけども、楽しい時間っていうか…彼女といる時間がね。」

中西豪士
「でも、そういうような“愛情”っていうかね、そういうものを非常にストレートに、このアルバムあたりから出てきてる気がするんだけれども。きっかけはやっぱり…移籍っていうか、一回区切りをつけるっていう事があった事が…あれなんですかね?」

宮本浩次
「まあそれとあと何かこう…どうしても長くね…僕は結婚してないですからね、また生煮えの脂っこいジリジリした話になっちゃいますけどね、非常にあの……色んな問題があってね。要するにずっと一緒にいるはずだった彼女が田舎に帰っちゃったりとかね。そういう事がありましてね。ちょうど…また面白いもんで全部タイミングがね、レコード切れちゃったりとかね、長く付き合った…。」

中西豪士
「それも一緒だったんだ…(苦笑)。」

宮本浩次
「そうですそうです。それもう寂しいもんなんですよ。離れちゃってるとね、どうしても彼女の方もね、何か悲しかったりとかして色々僕に言うんです。電話とかでね。そういうのがやっぱ…遠距離恋愛っていうんですかね。そういう何かもどかしさだったりとかね…あったですよ。そういう色んな事がね…自分にとってですけどね、自分にとって初めての経験で。僕は元々なんでもビックリしますからね。そうすると自分にとってこれは一大事件だったですね。離れ離れになる事は。そういうので結局…何か色々思ったっていうのは事実なんですよ。」



部屋を飾ろう コーヒーを飲もう 
花を飾ってくれよ いつもの部屋に

ココロに花を悲しみの果て
8th「ココロに花を」より

悲しみの果てに 何があるかなんて
俺は知らない 見たこともない


中西豪士
「『デーデ』でさ、「金があればいい」って歌ってた…それは10代かもしれないけど、10年位経った時にさ、「悲しみの果ては 素晴らしい日々を送っていこうぜ」っていうのはさ、その変化っていうのは自分の中で線は一本結ばってたりはします?同じもの?」

宮本浩次
「これは素直に思ってること事実ですけどね、僕らポプコンによってラブソングが作れたとかね、ドラマの曲やると思わぬヒット曲が出るとかね、そうすると非常に責任のないところでね…改めて新しいレコード会社に移る合間でしょ?新しい事にチャレンジできるんですよ、これが。だから今まで要するに…そういう曲ができなかったんだけども。『四月の風』でそういう弱々しいところが出せちゃったりとかね。またそういう思い切った事…要するにパキッパキッと転換転換でね。他力本願で本当に情けないんだけれども、自分で切り開いて行かなきゃ本当はいけないんだけれども、要するにそういう…チャンスなんですよ。新しい事を歌っていけるっていうかね。だからそういう事だと思います。新しいところに入っていった時に、例えばみんなの結婚でビックリして風穴があいたのと一緒で、結局契約切れた事は悲しい事だけれども、同時にまだ僕は20代でした。新しい事をやってくね、チャンスとして受け…具体的に受け止めたかどうかは別としてね、何しろ思い切ったことができるんですよ、これが。っていうような心境であった事は事実なんです。だから、非常にその作り方の度合いとしてはね、ちょっとそういう突発的な『珍奇男』における真面目な作り方とは違ってきたけれども。明らかに。『奴隷天国』あたりからは意識的な作り方にはなってるけれども。ただ新たにチャンスをもらったぐらいに僕は受け取ったですよ。」

中西豪士
「例えば、昔自分が凄く好きだった歌で思い浮かべたりする事はできる?」

宮本浩次
「あ!もちろんね、RCなんかで『君が僕を知ってる』なんて曲がありましてね、あれが好きだったですけど、ただ非常にビートルズも僕は好きでしたから、ジョン・レノンのソロアルバムなんかは『ロックン・ロール』ってアルバムを買ってきまして、訳詞を僕は見ましてね。そうするとどの歌も笑っちゃうぐらい恋愛の歌です。それから小説にしたってね、夏目漱石だって何だって、やっぱり恋愛小説なんですよ。だから何でそんな大した事じゃねえのによ、そんなみんなして恋愛恋愛っつって言ってんのかっていうね。僕なんかは実は今でも思います。極端に言う話ね。だけど非常にこういった部分でね、カッコいいかどうかは別ですよ?もうただあの…非常に重要なテーマとしてね、浮き彫りになってくる事も事実なんですよ。女性問題って事がね。だからそういった部分で非常にラブソングっていうのもいい…んでしょうねえ…。」

中西豪士
「何か若干“?”マークがついてる風に見えるね。」

宮本浩次
「当時としてはそういう自分の嘘は全く歌ってないわけなんですけども…じゃあ僕らがね…これは非常にあれですけどね、真剣にそれに…やらなきゃいけないかっていったらね、僕ら…別に仕事があるんじゃないかって気もしないでもないんです、どっかで。今になっちゃうとね。今新しいアルバム作ってます。ただ『ココロに花を』の時点ではね、絶対そういうものはね、僕は求めてたし事実…彼女いなくなっちゃったし。しかもそういった…レコード会社の契約も切れちゃったしね。だから、それは素直に思ってた事も事実ですけれども、だからそれが一番力をもって『悲しみの果て』なんて今でもやっぱ僕はね、レパートリーの中で本当に大切な曲として歌ってます。それは真理だから。だけど反面今なんか…その時を思うとそうです。重要なテーマでした、はい。」

中西豪士
「それでそういう曲を作って、ポニーキャニオンに移って、たくさんの人に受け入れられたよね?その時どういう思いを持ちましたか?」
宮本浩次
愛情編「ただ僕は非常に『悲しみの果て』って曲は自分の中でも、とても好きな曲だったんで。とても嬉しかったですね。必死ですけどね、その時は。何しろ曲もさることながら、非常にオーソドックスなプロモーションをしていこうっていう事がありましたからね。テレビに出ようとか…チャンスがあればですよ?それから雑誌にも多く出よう、ラジオもやろう、それからそういった全国のラジオ局の人たちにも僕らの新しい存在をアピールしに行こう、色んなプロモーションをなんかも総合的にやっていこうなんていうような勢い込んだ時期だったし。また新しい人たちとの出会いっていうね。僕は何しろ1stアルバムの時からずっと同じレコード会社の、また同じ事務所の人たちとの深い関係の中での仕事をしてきましたからね。全くそれがなくなって、新たな仲間との出会い。また何しろ自分たちで結果を残さなきゃいけないんだっていう思い。青春さを感じるそういった『悲しみの果て』っていう楽曲。今は分析的ですけども、当時は非常に必死です。だからそういった部分で全部総合的にね、非常にエネルギッシュなね、1stアルバムの時代に匹敵するようなね、ある種再デビューぐらいの新しい感覚を僕は持ってた事は事実です、それは。クビになった後はね。」

中西豪士
「もう一曲僕が好きなのが『孤独な旅人』。これも凄く好きなんだけれども、この曲以降とにかくどの曲聴いても走ってるね(笑)。自分では何か今思うとそういう時期だったのかな?」

宮本浩次
「これはもう間違いなく走ってるんですよ。自分のやってない事を全部…サウンドに関していえばプロデューサーの問題をね、佐久間さん、土方さんっていう新しいプロデューサーの方を入れての作業であるとか。またそういう宣伝活動においても僕らにとっては新しいタイプの『悲しみの果て』をはじめ『孤独な旅人』…「誰か僕をつかまえてくれ」っていうフレーズを言った事で、僕は十分自分である種の開放感を味わったし。そういった部分で新しいスタイル、僕らの中では。スタイルの活動が始まってるわけですから。これは何しろ無我夢中で突っ走るしかないっていう。これはもう『生活』からしてずいぶん突っ走り出しました。しゃべり方もね、そのぐらいからです。僕こうやってしゃべり出したのね。それが続いちゃってるわけですけどね。」

中西豪士
「1st…『ファイティングマン』の頃のさ、ある部分「突っ走ろう」っていう思いはあったわけじゃないですか。何が違うんだろうね?その「突っ走ろう」っていう気分は。」

宮本浩次
「あれはもう本当に「突っ走る」っていうか、もう「突っ走」ってないですよね。これから希望の中での…開けていく中でのね、そんな作業だったわけですよ、10代の頃は。もう当然っていうか…怒ってて当然だし、ロマンチックで当然だし、あらゆるものに食ってかかって当然だったっていう。そういう若さのね、エネルギーの時代ですよ。それがまだ僕ら良くも悪くもね、そうやって注目され、またそれが全く売れなかったっていう面白い経験をしてね。だからオヤジになった部分の「突っ走り」ですわ。これはね。オヤジっていうかね、大人になってのね、年齢的の意味ですけどね。“わかってから”の「突っ走り方」っていうのは、これは10代の時に比べれば“倍”ですから。それなりの「突っ走り」っていうのは出てくるわけですよね。それをふまえてますから。ゼロからのスタートじゃなくて。ある程度の蓄積の後のスタートでしたからね。」

中西豪士
「何かその時に色んな人が目に入ってくるって言ったんだけれども、それはバンドのメンバーはもちろんなんだけれども、さっき言った土方さんであったり佐久間さん、プロデューサーの人、色んな外部の新しいスタッフが入ってきたりしてきている。そういう人たちとの共同作業っていうのが、自分の中で非常に新しいものになってきていったりはしてますよね?それはやっぱり自分の中で“楽しみ”っていう風になってきてました?」

宮本浩次
「これはね、僕が一番大事に感じたっていうのはね、小学校から中学校に上がる時のね、非常に地域が広がってね、三つか四つの小学校から一つの中学校に集まって、新しい仲間が出会って、全然それぞれ地域の違う仲間たちが集まってね、一つの学校を形成していく。あのエネルギッシュな感じであるとか。何かそういうのに似ているんじゃないですか?僕はそれに近い新しい緊張感…だから僕をアピールしなきゃいけない。新たに友達ができたとき…また彼女ができた時なんかは、全部自分の…自分を見て欲しい、自分を分かって欲しいっていうね、そんなところの「突っ走り」っていうかね。疾走感。だから僕なんか自己紹介なんかするとね、延々とアピールをしました。そういった部分での挨拶代わりっていうかね、そんな疾走感っていうのは、僕は必死になって出していった気がしますね、はい。」


ROCK IN JAPAN FES. 2006 特別編 アーティスト特集
LAKE STAGE 0804 「エレファントカシマシ」

11月3日(金) 20:30〜21:00
ch731「MUSIC ON! TV

エレファントカシマシ
CDでーた.com
MUSIC ON! TV
エレファントカシマシ情報サイト CLOSE STAGE LIVID
エレファントカシマシ宮本浩次@Åya
2006 LIVE FACTORY 721 「エレファントカシマシ」
THE ELEPHANT KASHIMASHI SP 激情編(1)
THE ELEPHANT KASHIMASHI SP 激情編(2)

 


この記事へのコメント
おおー素晴らしい!長文、乙ですw
宮本さんの独特な言い回しを文字に起こすのって、
短い話も長くなる(すみません…)ので、大変そう。
等と思いながら読ませて頂きました!
Posted by ケッコー。 at 2006年10月30日 23:57
ケッコーさん、こんばんは。

>宮本さんの独特な言い回しを文字に起こすのって

作業している時は凄い楽しいんですけど、
終わってみるとかなり時間が経ってたりで…。
まあ、他の記事もそうなんですけど、基本的に自分が
後から読んで楽しむために起こしてるようなものなので…(笑)。

Posted by マック at 2006年10月31日 21:59
毎日、曲を聞かせて頂いて楽しませて頂いています。
いつまででも、夢のカケラを拾い歩いてやって下さるね(#^.^#)、
そしていつまでも透きとっていく水の様な心であれる事をお祈りしています。

Posted by alice at 2013年06月21日 01:09
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