2006年09月25日
1999年にCDでーた&Viewsic(現M-ON!)の共同企画として放送された「THE ELEPHANT KASHIMASHI SPECIAL 宮本浩次インタビュー 激情編」、先月に引き続き後半部分を再現してみました。僕がエレカシの初期作品に興味をもつきっかけとなった番組だったので、最近初期作品に興味を持ち始めたような方には、ぜひ参考にしていただきたい内容になってます。今回は特に宮本の語り部分が長くなってますが、誤字脱字空耳はご愛嬌でお願いします。

町を見下ろす丘町を見下ろす丘
エレファントカシマシ

聴けば聴くほど味が出る、スルメアルバム。

中西豪士(CDでーた)
「えーと…その後が、『生活』ってアルバムなんだけれども、1stアルバムで凄く“怒っていた”宮本浩次が、“怒っていない”というか、こんなに沈んでしまうのかなっていうのが、凄く当時も思って、未だにずっと思っていて。どういう心境だったのかな?この頃は。」

宮本浩次
「これはだけどずいぶん…サウンド的に言いますとね、ずっとこれはバンドで何しろ4人でやって来て、ずっとハンドマイクで歌ってきたわけです。ある時期まで。ギターも持たずにやっててね。何しろ4枚目になったらね、僕はギターなんてほとんど弾いた事がないにも関わらず、全曲ほとんどtoo fine…全曲でギターを弾いちゃってるわけなんですよ。この4枚目になっていきなり。言ってみればド素人ですよ、僕はギターなんか。ギターのイシ君差し置いてね、全部僕がギター弾いちゃってるし、音なんかも非常に…だからどういう心境…だから何でも自分でやりたくなっちゃんたんでしょうね、これね。」

中西豪士
「サウンドがありきだから、自分でも歌詞とかもこういう風な内省的なものになって…?」

宮本浩次
「いや、それも同時でね、基本的には僕は曲を作りましてね、その上に歌詞をのせていくっていう事が、今でもそうですけども…当初のそういうやり方でずっとしてたんですけど、この『生活』ってアルバム…4枚目のアルバムに関してはね、まず何しろ詞をね、ズラーッと作っちゃったんですよ。この『遁生』なんて曲も何しろズーッと詞を作りましてね。それも馬鹿な事やってましたよ。何かね…『珍奇男』は突発的なドーンってので作ったとすればね、『星の砂』、『珍奇男』の歌詞だとすればね、これはまた随分ね、カッコつけちゃってね。分かりもしないのに変な昔の向こうのね、哲学の人のね、翻訳書…岩波文庫とか買ってきましたよ(笑)。それで随分ほら、あの…要するにその…真似して、…本当僕は何でも表面なんですよ。要するに、夏目漱石が好きだったりするのも、実は後ろんとこに本棚があってね、その前にこうやって座ってるからなんですよね。そういう何か形から入ってくっていう部分がありましてね。みんな言ってる事なんて同じなんだけれども、景気づけする為に「ペットのようなら飼ってもいい」なんて歌詞が入ってきますけどもね。それなんかは随分…僕はそれはね、カッコ悪いかもしれないけれどもね、僕は今でもそういう風に思ってましてね。よくぞ歌でこんなこと言ったなって、今でもね…それは笑っちゃいますよ、こんなのね。」



「体の調子は何うなんだ?」
「寄生虫にやられてる。」
「お前に女は必要か?」
「ペットのようなら飼ってもいい。」
生活遁生
4th「生活」より

これから先は死ぬるまで
表へ出ないでくらす人。

宮本浩次
「(遁生)これ10分位あるんですよ、本当は。随分ダイジェストで。自分で歌ってても…まあだけどね、あの〜思ってる事あんまり変わってないですけどね。古い曲で『遁生』という曲でございました。」



中西豪士
「その前までバンドでやってたところから、なぜ自分一人でやってみようと思い始めたんですか?」

宮本浩次
「バンドって難しいもんででしてね、非常にバンドっていうのは奇跡を生むんです。例えば、何でもそうですよね。プロデューサーの人が入った事によってね、また新しいカラーが加わる。それから、コンテストがあるとラブソングも作れる。っていうのと同じで、非常に人の力を借りて、発見できない自分を発見できて。新たな事ができるって事もありますけども。同時にその…同じようにみんなが悩んでる時期に入りますとね、4人してドーンと暗くなっていく。またスタッフの人も暗くなって、まわりのみんなも暗くなっていく。というところで、どんどんどんどん息苦しくなってっちゃうんですよ。そうするとその息苦しい中で、要するに…信用できなくなっちゃうって言うんですかね?バンドのみんなを。どっかでそれまでのサウンドと違う新しいものをやりたいんだけども、だけど、どうすればいいんだろうって、八方塞がりになっちゃうんですね。そうするとやっぱり自分一人での作業っていうのに、唯一光明を見出すというか…追い込まれてというか、そういう事だと思うんですね。人を信用できないわけではないんだけども、何か新しい事やんなきゃいけない。今のメンバーも変わっていかない。じゃあ、どうすればいいんだろう?っていう…何かゴタゴタになっちゃってて。」

中西豪士
「例えば、さっき『ファイティングマン』とかのデビュー時、その“怒る”っていうのがね、お客さんにもウケてる部分があるし、それをポーズでもやってたし、っていう流れがあるじゃないですか。そういうのがずっとなってた時に、じゃあ“宮本浩次の怒り”っていうのは、この頃はどこにいってたんだろうね?どこかにあったの?」

宮本浩次
「いやぁ…。」

中西豪士
「“怒ってる”感じではなかった…?」

宮本浩次
「…そうですよね。そうやってね、プレッシャーに弱いって話しましたけどね、1stアルバムである程度の注目を得ました。だけど、1stアルバムってのは、注目を全く得てない時に全部作られるじゃないですか。1stアルバムである程度注目を得るとね、次何とかカッコいい曲作んなきゃいけないってんで、どんどんどんどん力んでっちゃうわけですよ。そうするとまた、どんどんどんどん深みに深みにハマっていっちゃってね。自分でどんどんとがんじがらめになって、プレッシャーに負けて。自分の中でね。で、がんじがらめになっちゃって。だから、寄ってきた人をね、「いらねぇ〜や」っつってね、やってた…いわゆるそういう…怒りの中で自然の力で作った1stアルバムからはね、そういったエネルギーが全部そのがんじがらめの中でね、失われてった。そんな時期だったような気がします。だから、もう「俺に近寄るな」っていう曲がどっかに入ってますけどね(『待つ男』)。何かそんな心境になっちゃってね。だれも注目してくれなきゃ、僕が一人になれるじゃないかって、またこれ複雑なもんでね、相手にして欲しいくせにね、またそうやって一人で何かこういう風にやってるみたいな。ちょうどそんな時期だったような気がしますね。新しいものを求めてるんだけども、だけど上手くいかないから、何か自分で追い込んでくっていうかね。難くなって難くなってどんどん深みにハマっていく…。」

中西豪士
「何か一つ思うのが、その怒る…私生活でもそうなんだけれども、凄く怒ってきて、怒ってる事が受け入れなかったりすると、凄く悲しくならないですか?何かね、僕は『生活』のアルバムの後半って、凄くそういうような気がして。切なさみたいのが出てきてるのかな?…と。」

宮本浩次
「あ〜、そうかもしれないですね。自分では気づかなかったですけどもね。結果的にやっぱどうしても「これ、いいんじゃないか?」ってやったものがね、評価されないっていうのはね、これは本当にガッカリ…悲しい事でね。それはそうかもしれませんね。まさにその「どうだ!これで世間を変えてやるんだ!」ぐらいの意気込みでね…10代ですからね。」

中西豪士
「そういう曲だもんね。やっぱね。」

宮本浩次
「それがこう…受け入れられないっていうのは、こんなに…もっと凄いのかと。世の中ってそんなに凄いものかと。だから、今何かね、売れてる人見ると悔しくて悔しくてたまらないんだろうね、それね。それで怒っちゃってね。またそれでこう…盛り上がっちゃったりとかしてね。悔しいよね。僕なんかね、オッサンだよね。元からね。知ってるんだよね。そういうのをね。」

中西豪士
「その後に出てきた曲がさ、『奴隷天国』っていうさ、これは当然だけど『生活』を作り終えた後に作った曲ですよね?」

宮本浩次
「これは随分ね、その頃はやっぱサウンド…どうしても息苦しくなりました。まさにおっしゃる通り、全くと言って言いぐらいね、売れない。地下活動みたいなね、アンダーグラウンドの人が神出鬼没でたまに目黒の鹿鳴館でコンサートやってるみたいなね。次は歌舞伎座でやろうか?みたいな。わけのわからない活動にね。それはそれで面白いんですけどね。…入ってった時期でね。で、どうしても息苦しさっていう…もう一回じゃあ…僕がもう…八方塞りになった時に、もう一回バンドでやろうか?っていうとこでね、やったアルバムなんです。『奴隷天国』ってのは。その1曲目飾る『奴隷天国』、「あくびして死ね」。だけど結果的に考えてみるとね、何曲か印象に残ってる曲ってありましてね。自分中でも。例えば、『デーデ』であるとか、『珍奇男』であるとか、でまた『ファイティングマン』であるとか、『奴隷天国』であるとかね。また『悲しみの果て』っていう、その後に出てくる曲なんかもそうですけどね、自分の中での…非常に何かある種の“開き直り”の中でね、作られてる曲っていうかね。ある種そんな中からの開き直りで…じゃあ、しょうがないからこれでダーッていっちゃえみたいなね。そんなところで作られた曲ですよね。当時はそれこそね、引いちゃってね。『奴隷天国』っていって、これはもうちょっとみんな笑うかなと思ってたんですけどね、誰も笑わないところかね、シーンと引いちゃってね(笑)。自分でもビックリしましたからね。「あくびして死ね!」って言ったら、みんな「シーン」とこうなっちゃってね。…まあ、ビックリしましたけどね、自分でも。「やっぱ、そうかな?」みたいな。」



凍えそうな日よ
家路を急ぐ人たちよ
俺も帰ろう 遠回りして
家に帰ろう

奴隷天国.jpg寒き夜
6th「奴隷天国」より

寒き夜 寒き夜 家に帰って火にあたつたら
寒き夜 いつのまにか暖かくなつていた


中西豪士
「前の『生活』で、さっき言ったバンドでやってくのの難しさみたいのを感じたわけじゃないですか。それで、でももう一回バンドでやろうって思った…?」

宮本浩次
「やっぱ4人でね、これはやってくしかないっていう風にやっぱ思うわけですよ。最終的に頼るっていうかね、仲間っていうのは、じゃあ誰が…っていうのを、ふと思うとね、メンバーしかいないし、自分の一番やりたい事を直にね、少なくとも肌で理解してくれる仲間ってのは、貴重なんですよ。」

中西豪士
「それはね。10年以上一緒にいるわけで…。今度さ、これだよって言ってさ、『奴隷天国』やるわけでしょ?みんな「うん」って…?」

宮本浩次
「これはみんな喜んでましたよ。やっぱそれまでね、なかなか何枚かのアルバムが非常に…「ドラムの音、ミヤジ出していいの?駄目なの?」みたいなね。」

中西豪士
「分かる分かる(笑)。」

宮本浩次
「何かそういう感じしたのね。それを今度『奴隷天国』で「ドーンといこう!」っつって、ダンダンダーン!ってできましたし。非常にドラムのトミなんかは、非常にスーパープレイっていうかね、素晴らしいドラムの…やっとります。」

中西豪士
「バンドとしては、こういう曲は必要っていうかね、よみがえる…。で、この後に『東京の空』。ちょっとイメージが変わったりしてたんだけども、やっぱり色々バンドの中での変化とかあったんですか?」

宮本浩次
「これはね、まず第一にメンバーがね、結婚しました。27ぐらいだったんですけどね。メンバーの4人のうちのね、2人結婚しちゃいましてね。ものの見事にビックリしましたね。なんつったって、『奴隷天国』ってアルバムがね、全く売れなかったんですから。全く売れないのにね、これはバンドも何もやめないでね、結婚するってのはね、これは僕は最初ビッ…耳を疑ったですよ。この時期に結婚か?オイ、みたいなね。ところがね、みんなのその明るいムードってのはね、バンド支配しますよ。ってのはね、成ちゃんなんかね、笑っちゃうんだけどね、結婚式の会場探すって言って、リハーサルをね、3回立て続けに休むとかね。そういう馬鹿な事やりましてね。あと『東京の空』のレコーディングの時にもね、「彼女が具合悪いから」っつって、丸一日無断欠席。レコーディングスタジオ何十万円もかかるとこね、丸一日レコーディングでね、無断欠席しやがって。そういうところがね、明るいムードっていうかね、今まで僕がほら、勝手にその…やって来たでしょ?俺がバンド次嫌だ…風穴があくっていうかね、自分が主導を握っていたところにね、メンバーから反抗でも何でもないんだけども、「俺、結婚するよ」っていうね。これは大いに風穴があいてね。ちょっとスカッとしちゃったんです、僕。それはまず精神的な部分であったし、『奴隷天国』で非常に力を入れてね、ガッチガチでやったものがね、全く…非常に一部の中では話題になってたにも関わらずね、全く売れなかったっていうのがありましてね。だったら、もうちょっとじゃあいい加減じゃないけれども、非常にもうちょっと力んでバンドバンドっていう風にはしないでね、もうちょっとスコーンと軽くやってみようかなって。要するに思ったままストレートにちょっとやってみようかなっていう。でまた、サウンドなんかに関して言えば、一番気の合ったね、エンジニアの人に頼んでね。またそういう中で気楽にレコーディング…僕がやりたいようにね、やってみようかって。そういうサウンドに関しては、そういうのがありまして。だから、凄いパキパキパキパキね、進んだんですよ。だから、レコーディングの途中でさ、エピックから「契約切れる」って言われちゃうしさ。だから非常に色々ね、風穴があいてきたっていうかね、逆にその八方塞がり感の何かね、例えば、結婚するとか、レコードの契約が切れるって、少なくとも新しい新鮮なニュースなんですよ。だから、それから結構ね、自分が苦しい苦しくない別にしてね、僕ら自身に風穴があいてきたっていうのは事実なんですよ。」

中西豪士
「ある時点から、ヒュッと風穴があいてきた。人を信じるようになってきた。何かきっかけが…宮本さん自身は何かあった…のかな?」

宮本浩次
「やっぱ一番だけどね、やっぱ息苦しくてね。レコード売れない…何しろ売りたいのに売れないってのはね、これは非常にやっぱこう…困っちゃうもんでね。そうするとやっぱりこう…どうしても足りないところってのが…。例えば、音の事で言いますとね、僕が何度「こういう風にやって下さい」って言ってもね、ならないんですよ、音が。何でならない?っつったら、やっぱ僕に専門的な知識がないし、スタジオでどうやったらいい音になるのかって事、僕が知らないから…。そうするとスタジオ専門に活動してるプロデューサーの人ってのはいますから。もしそういう人たちがいるんだったら、むしろ僕がわけわかんない事…「もうちょっとビヤァーとした音にして下さい」とかさ、「もうちょっとドーンとお願いします」っていう部分をね、実はもうちょっと専門的に指摘していく事ができるんじゃないかと。それは信用するっていうか、もうより円滑にもっと貪欲にね、自分たちの欲をみんなに届ける為には。僕が…アマチュアがね、アマチュアっていうか、サウンドと歌に関しては…もちろんプロで歌はもちろん歌手ですけども、サウンドに関しては決してスタジオの全ての機材を駆使して僕ができるわけじゃないんでね。それは非常に手伝ってもらう人間って必要なんじゃないかっていう。これは薄々…7〜8年もかかってっていう風に思われるかもしれないですけど、ようやく思い始めてたんですよ、その頃にね。自分で全部やるってのも、非常に浪漫ですけどね。歌も曲もサウンドも全部自分でやる。これは一つあるんですけども、そうじゃない、例えば…バンドなんかでもそうじゃないですか。役割が分かれてて。役割をちゃんとやってく事が素晴らしい事になる。チームプレイになってくっていう事もあるわけですよね。」

中西豪士
「そういう時期だったんですね。その頃…『東京の空』っていくつだった?」

宮本浩次
「ちょうど27〜8…27ですね、ハイ。」



遠くなって近づいて
遠くなって過ぎるのさ

東京の空
7th「東京の空」より

悲しいときには涙なんかこぼれない
うれしいときには肩怒らせ世を笑うさ


以上、「宮本浩次インタビュー 激情編」文字起こしでした。

エレファントカシマシ
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エレファントカシマシ宮本浩次@Åya
m2音楽の旅
2006 LIVE FACTORY 721 「エレファントカシマシ」
THE ELEPHANT KASHIMASHI SP 激情編(1)
この記事へのコメント
いま読みました。Iありがとうございました。
Posted by ゆうこ at 2008年06月01日 20:44
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