2006年08月21日
激情編.jpg1999年にCDでーた&Viewsic(現M-ON!)の共同企画として放送された「THE ELEPHANT KASHIMASHI SPECIAL 宮本浩次インタビュー 激情編」を久々に見ました。この番組は、宮本浩次が弾き語りで初期作品を歌い、それに関するインタビューに答えるといった内容でした。
僕は『ココロに花を』の頃からファンになったんですが、ちょうど初期作品に興味を持ち始めた頃に放送された番組だったので、特にエピック時代を振り返った「激情編」の方は何度も何度も繰り返し見た覚えがあります(ちなみにポニーキャニオン時代は「愛情編」として放送)。今回は「激情編」の前半部分を再現してみました。番組を見てなかった方はもちろん、最近初期作品に興味を持ち始めたような方にも、参考にしていただけたら嬉しいです。

※誤字脱字空耳はご愛嬌


oh ファイティングマン yeah 正義を気取るのさ
oh ファイティングマン yeah oh yeah

THE ELEPHANT KASHIMASHIファイティングマン
1st「THE ELEPHANT KASHIMASHI」より

黒いバラとりはらい 白い風流しこむ oh yeah
悪い奴らけちらし 本当の自由取り戻すのさ


宮本浩次
「『ファイティングマン』。久しぶりに自分でやりましたけどね。10年ぶり位に。」

中西豪士(CDでーた)
「11年目なんだよね?デビューして。」

宮本浩次
「わりと長いですねえ。まあだけど僕らの場合、どうしても中学時代にバンド結成しているっていうのはありますからね。それはもうね、バンドのメンバーだって…32…今年33になるんですよ。そうすると…12歳の時から知り合いですよ、バンドのメンバーとはね。ギターのイシ君とドラムのトミとは。そうすると結局20年位の付き合いになってますからね。その20年のうちの11年って事は、知り合って半分以上…デビューしてますからね。ビックリですけど、今自分で言っててね。まあだけど、20年位付き合ってますんでね、その何か流れがそのまま引き続いてるって感じはありますよね。同級生の友達でしたから。その友達同士がそのままいってるっていうのは一つありますんで。考えとしてデビュー11年って、こうやって改めて言われるとね、「あ、そうか。11年か」っていう事はもちろん感じますけどもね。だけどそん中でね、もっとね、まだまだこれ…要するに50年…人生50年どころか…70歳80歳90歳100歳まできっとこれ延びていくでしょ?これきっと。そうするとまだまだね…っていうとこはありますが、ただ11年なりました!ハイ。」

中西豪士
「もうメンバーは家族みたいなもんでしょ?ニュアンスとしては。」

宮本浩次
「たぶんそうなんでしょうね。例えば、結婚して家庭生活を営んでる…っていう事はないですからね。昨日なんかもエンジニアの友達の家行ってね。ウッチーっていうずっと1stアルバムからの…。結婚してね、カレーライスか何かご馳走になっちゃってね。思わずこう、やっぱ家庭の温かさっていうかね、やっぱいいもんですね。僕は変にちょっとこうホロリとしちゃったりなんかして。ホロリとしていいのかどうか知りませんよ?カレーライスご馳走なってね。まあだから結局一人でいるっていう時間は、わりと長いんだなっていう風に、ああいう時になってふと感じたりとかしてね。メシを普段一人で食ったりなんかするでしょ?それも何でもない事なんだけども、ただそういう…ただそれはきっとそういう人たちにも、またそういう色んな葛藤があってね…。で、僕らはバンドっていうのは一番長い付き合いになっちゃってますしね、これ。普通にやっぱこう恋人と家庭を過ごしたり、子供…成ちゃんなんかもバンドのメンバー一人子供がいますけどね。家族っぽいというかね、兄弟っていうか、そういうとこはどうしても出てきているとは思いますよ。こっちの好むと好まざるにかかわらずね(笑)。」

中西豪士
「バンド結成20年位で、デビューして11年目で、当然だけどはじめはコピーバンドとかからスタートしたの?」

宮本浩次
「ハイ。」

中西豪士
「その時はどういう音楽をコピーしていたの?」

宮本浩次
「あの…バンドを結成した時には、当時やっぱRCサクセションっていうバンドが流行ってましてね。RCサクセション…僕は今のミック・ジャガーを見ちゃうとちょっと…まあもちろんカッコいいんだけれども、やっぱ昔のミック・ジャガーが本当に好きで。ローリング・ストーンズなんかもコピーしましたし。ところがね、コピーしてもヘタなんだね、僕らね。それでRCなんかはね、非常に日本の音楽でしたし、非常にこの3コード…ある種非常に単純なね、シンプルなコードで構成されてる曲が多かったですから。『BLUE』っていうアルバムが非常に好きで僕は。僕ら4人とも。あれなんかは全部コピーしましたしね。そういうライブハウスなんかでデモテープっていうんですか?リハーサルのテープ録りましてね、「これ僕らこういうバンドなんですけど、やってます」って持ってったりってのは、記憶にありますね。RCなんかやっぱ随分コピーしました。」

中西豪士
「でも、それをやってるうちに、ふとオリジナルを作ろうっていうか…宮本さんが作…ったの?」

宮本浩次
「そうですねあのね本当にね、ヘタなんですよ。あのね、コピーにならないんですよ。それでね、例えばレッド・ツェッペリンなんかはもの凄い高度な曲…異常に何か…。で、あれやっぱレコーディングのああいう…非常にいい加減に聞こえますけどね、一発録りに聞こえますけど、非常に緻密な計算のもとに作られてるっていうのは、最近になって気づきましたけどね。あの…パカパカしちゃってね、ちっともカッコ良くないんですよ、4人でやってもね。んで、何かオリジナル曲やろうっつってね。ビートルズなんかも随分僕ね…コードだけ同じにして、メロディを変えるっていうかね。「俺だったらこうやるな」っていう事があるんですよ、やっぱり。」

中西豪士
「やるやる。」

宮本浩次
「そういう事ってやるじゃないですか。オリジナルの当初って。そういうので随分曲作ってね。だから高校…中3の時にバンド6人で結成して、高1高2ぐらいになると…もう高2ぐらいで随分オリジナル曲やってましたよ、僕ら。」

中西豪士
「そうなの?宮本さん自身が初めて作ったオリジナルだっていうのは、今のエレファントカシマシのレパートリーの中に残っている…?」

宮本浩次
「ハイ、これはもう『星の砂』っていう曲なんかは、まさに…。」

中西豪士
「あれが…。」

宮本浩次
「そうです。最初に詞も曲も…メロディ・詞っていう部分では、僕が作りましたしね。それから1stアルバムに入ってます『やさしさ』って曲がね、もうかなり長いことやってましてね。デビューアルバムで1987年か88年ですけどもね、もう随分前からの…もうオリジナル曲ですよ。」

中西豪士
「ああ、そうなんだ。僕は…そうか、どうしてもやっぱりレコード…デビュー曲が『デーデ』でしょ?で、頭の曲が『ファイティングマン』でしょ?すごくそういう印象があったんですけど…。逆にじゃあ例えば、今言ってた『ファイティングマン』や『デーデ』とか、その怒りの方のが、自分としてはわりとスポーンと書けて…そん位でできた歌なんですか?」

宮本浩次
「そうですね、『星の砂』、『デーデ』……『ファイティングマン』なんかは、それでも3年位かかってますね、歌詞にね。最初は随分あの…アレしましてね…3年なんですよ。『やさしさ』もだけど2〜3年かかってんですね、実は歌詞の完成形までね。結局あの…今みたいに年に1回とかね、ある種ペースのなかで作っていくには、そういうのんびりやってく事できませんけど、デビュー前、アマチュア時代って、何しろ時間がたっぷりあります。リハーサルする時間もたっぷりある。っていうところでね、随分練りに練ってね、1曲1曲作ってったっていう記憶がありますけども。『デーデ』、『星の砂』あたりってのは、非常にスピーディーに出来てる曲です。歌詞なんか特に。非常にむしろ“皮肉”っていうかね、「そんな大人になりたくない」みたいなね。今なんか見てごらんなさいっつうか「金がなきゃ話にならない」っていう位に思ってますからね。まあだけど、それでも非常に説得力持ってます、今歌っても『デーデ』って曲はね。逆の意味になっちゃってますよね、「金なんかじゃなくて、何かいいものがあるんじゃないか」っていうのがね、非常にロマンチックなね…。今なんかやっぱ「金がなきゃダメじゃねえか」って。「金がありゃ他に友達なんかいらねえや」って思ってますからね。まあわかんないですけど、それはね。まあだけどそういうとこはありますからね。非常に思い通りに書けてるっていう、そういうとこはあると思います。」

中西豪士
「あの…でも、何か…「お金があればいい」っていうのを、その10代でそこまでシニカルに言い切っちゃうっていうのは、なかなかできない事だと思うんだけれども…。」

宮本浩次
「そう…ですかね?ただ、非常に神経質ですよね?子供ってね。わかんないですけど、たぶん僕ね、小学校…中学校位…高校位まではね、不眠症っていうかね、寝られない事よくあったんですよ?今でも例えばコンサートなんかあってね、緊張…「明日、コンサートだな」ってツアーの前になってね、声出なくなっちゃうと嫌だから、寝なきゃいけない。少なくとも5時間寝ないと声が2時間もたないとかって思うとね、かえって緊張して寝られなくなっちゃう時、たまにあるんですけれども。まあ小学校中学校高校ぐらいの時ってのはね、何しろ色んな事…不安でしょ?だから神経質でね。色んなこと耳に入っちゃったりとかして、寝られなかったりとかね。まあだからそんなに変わんないんじゃないかっていう気がするんですよね。元々の核になってるとこってのはね、小学校だろうが中学校だろうがね。だから…高校位になるとね、新聞なんかを読んだりしてね、だんだん偉そうな事も言いたくなってくるし。ただ、ある種の問題意識みたいなものもね、高校位になると生まれてくるでしょ?政治に興味もってきたりとか。そういうまさにタイムリーな時期にね、『デーデ』、『星の砂』、『ファイティングマン』なんていうのは、生まれてきた曲です。だから、まさにそういう意識をね、「金って何なんだろう?」とかさ…まあ理屈じゃなくってね、当時ですから。「政治なんてどういうもんなんだろう?」とかさ、「怒ってる」とか、そのまさに芽生えてる時期を、そのままストレートに歌われてるっていう部分で、まさにイキイキしてましたよね。」



悲しい事あっても 1人きりになっても
金があるじゃないか 金があればいい

THE ELEPHANT KASHIMASHIデーデ
1st「THE ELEPHANT KASHIMASHI」より

溜め息ばかりついてたら 何もできないさ
こんなにつまらん世の中も 金がかたづける


中西豪士
「『デーデ』、宮本さんの歌はさ、「友達なんかいらないさ 金があればいい」。10代でこう…ヒネっちゃってたんですよね。」

宮本浩次
「…これはね、ただヒネるのが僕は好きだったんですよ。」

中西豪士
「好きだったんですか(笑)。」

宮本浩次
「『ファイティングマン』なんかもね、説得力もってくるっていう部分でね、例えばこれ今自分で分析するのはいいか悪いかってのは別ですけどね、それは何も「黒いバラとりはらい 白い風流しこむ oh yeah」って嘘じゃないんですよね。ところがね、「oh ファイティングマン “正義を気取るのさ”」とかって、どっかで入れた方が説得力が出てくるっていうかね。同じ要するに「金じゃないんだ」っていう風な事を歌うにしてもね…まあ僕は今は「金だ」っていう風に思ってますけどね、「金じゃないんだ」って事を歌うにしてもね、やっぱそういう方が説得力もつんじゃないかっていうかね。だから非常に元々まっさらなところからやってますしね、自分の思ってる事を実験的に…何のプレッシャーもない、「寝なきゃいけない」とかね…どっかで思ってますけども、それをCDにして出す予定もないわけだし、何のプレッシャーもない状態だとね、わりと強み…僕はプレッシャーに弱いんですよ!」

中西豪士
「フフッ(笑)。」

宮本浩次
「それでだからそういう…自由でしょ?だからそういう…わりと自由に、自分の好きなようにね、出来たんだと思うんです。まっさらだったしね。非常に知識として「こうやれば、あの人はこう反応するじゃないか」とかね、もちろん知らないんですよ、身をもって。「こうなんじゃないかな?」っていう自分のたった一人のイメージの中での作業でしたからね。だから笑っちゃうのはね、全部飛んじゃってね…契約が切れちゃった後!なんかもね、あれ考えてみたらね「誰も期待してないんじゃないか」って思ってた時の方がね、やっぱり思い切ってスコーンとしたものが出来ちゃったりするんですよね。例えばヒット曲とか『今宵の月』とか出ちゃってね。次またじゃあヒット曲作んなきゃ作んなきゃって思っちゃうとね、がんじがらめになって「ヒット曲とは何ぞや」みたいなさ、そんな風になっちゃったりとかしてね。だから、なかなかそういうのびのびとした10代の気持ちっていうのがそのまま歌われてるとこが強みだと思いますね。」

中西豪士
「そこにデビューアルバムのスゴさがあるんですよね。日常生活でも例えば、怒るとさ…学校に対しての反抗とかっていうのはさ、ストレートに出す人とさ、学校に行かなくなってしまうシニカルなタイプっていうのは、実際は宮本さんはどっちのタイプだったの?」

宮本浩次
「僕なんかはね、随分小学校の時から…僕の家の前でね、みんな缶けりしててね、僕は家でそれを見てなきゃいけなかったっていう…要するに仲間はずれ的な感覚も持ってたし、またいじめっ子の感覚も持ってたしね。ただ非常に何しろね…体制っていうんですかね?気に入られたかったですね、僕は先生にね。良い子でいたかったっていうかね。あれってね、意識すればするほど逆の事になっちゃってね。先生と普段から仲良くしたいっていうかね、要するに僕なんかは体制側ですよ、言ってみればたぶんね。あの…生徒会の会長か何かに立候補してね、「僕は生徒会の会長になります!」ってやれば良かったんだけどもね、それも何か嫌だしね。何かだから僕はずいぶん媚を売るね…そういう部分では…そういう生徒だと思います。むしろ皮肉にね、余裕を持ってね、「何だ、ヘッ!」みたいなね、そういうところじゃないような気がするんですよね、自分でね。ところがこれは自分を別に変人ぶるわけではないですけどね、媚を売ろうと思っても売れないっていうね…。」

中西豪士
「買ってくれない、体制の方が(笑)。」

宮本浩次
「そうなんですよ。かえって嫌がられたりしてね。」



どうした その顔 みんな楽しそうだよ
ああ 俺にはわからない ああ 本当に楽しいの

THE ELEPHANT KASHIMASHI U太陽ギラギラ
2st 「THE ELEPHANT KASHIMASHI U」より

太陽ギラギラ ビルの谷間
働く人たち せわしげに

宮本浩次
「(太陽ギラギラ)重いですね、この歌ね。大学2年位の時の曲ですかね。1年?…1年か2年…授業中に作りましたけどね。最後はあの…えーとえーと…最後のとこなるとね、「ああ〜おそらく 俺は 幸せさ〜♪」っていう、一応ね最後のとこになって希望があるっていう、そういう歌でございまして。最後までいきませんでしたけども。」



中西豪士
「デビュー作の1曲目で『ファイティングマン』初めて聴いた時、一番印象だったのは「何でこの人はこんなに叫ぶんだろう?」って(笑)。それは自分がアマチュアバンドでやってた頃の、例えばRCをコピーしてた時からああいう歌い方…そんな事ないよね?」

宮本浩次
「そうですね、ただやっぱ絶叫型のボーカリストっていうんですかね、ドアーズのジム・モリソンだとか。また清志郎なんかもRCで絶叫的なシンガーでしたから。そういうのを好きで真似してたってのは、まず第一にあると思うんですよ、コピーしてね。…そうするとこう…気分が良かったんですね。一回ね、ライブハウスかなんかでやった時に、大声でワーッ!ってやってね、暴れるだけ暴れて…暴れてるっていったって、どうみても暴れてるようには見えなかったんだよな、たぶん。殺伐とした暴れ方じゃなかったから。で、ワーッて歌ったのが非常に気分良かった時があった。それまでは非常にメロディを追うようなね、声がフゥ〜♪って裏返っちゃうような歌い方してたんですけど、あるとき思い切りガーッ!!て怒鳴って歌ったらね、自分が気分が良かったもんですからね。それが非常に発散になってた…発散でやってちゃ聞いてる方たまんなかったでしょうけど(笑)。まあ要するに…叫んで発散してましたね。」

中西豪士
「楽器でデッカイ音出すとかっていうのと、わりと近い感じなんですね。」

宮本浩次
「そうだと思いますね。」

中西豪士
「おそらくデビューして、みんなに言われたとは思うんだけど、僕も今話した叫ぶような歌と、すごく反抗的というか体制に媚びない歌詞みたいな部分で、「エレファントカシマシは怒ってる」みたいな言い方を、色んなマスコミからきっとされたと思う。自分としてはその頃どう思いました?」

宮本浩次
「これはね、当時はこれやっぱね、あの…わかんないんですよ。何がなんだかちっともね。自分の中ではある程度わかってるんですよ。ただだけどわかってるからって、どういう風にしていいかわかんないしね。それまでは学生時代っていうのはさ、また学校の仲間ってのがいてさ、そこで何とかうまくやっていかなきゃいけないとかさ、嫌なやつがいたりとかさ、いいやつがいたりとかさ、色んなやつらの中にいるでしょ?僕ら…僕個人の話ですよ?それがね、学校卒業してね…するとまわりにいる人間ってのは、バンドの仲間とね、事務所の人と、レコード会社の人、本当限られた人たちだけになっちゃって。そこの非常にミクロの中を通してしか世界を見られなくなっちゃってね。非常に意識的自閉症じゃないけどね、別に自閉症ではないんだけどもね、凝り固まっちゃってるっていうかね。それで非常に息苦しい状態ってのはあったと思うんですね。息苦しかったですよ。ただ怒ってるって言っちゃあね、これ今でもね細かい事で何でも怒ってますからね、僕ね。一人でグチグチグチグチね。そういうのと別に怒れる何とかって言えば、確かにね、そういう態度取ってました、お客さんに対してね。「ふさけんなよ!」とか言ってましたけどね。それはだけど…ウケてるんじゃないかってどっかで思ってるバカが…バカだね俺も(笑)。今でもそういうとこありますけどね。調子乗っちゃってわかんなくなっちゃうとこあるんでしょうね、どっかね。当時なんて特にそうですよ。もう10代20代そこそこでしょ?何が何だかわかんないんですよ。」

中西豪士
「やっぱりデビューして2枚レコード出して『浮世の夢』ってわけじゃないけど、色々思うことも多かった?当時。」

宮本浩次
「そうですよね…そうやってこう…小説なんかもね、永井荷風っていうね、東京の出身のバカ旗本みたいな感覚を持ってるね…バカ旗本って言ったらマズイんですけども、それと良家の坊ちゃんが放蕩してブラブラしてるみたいな…そんな人…今でももちろん大好きですけどね。もう大好きどころか非常に素晴らしい作家なんですけれども。そういう人がいましてね。そういう人に何しろ傾倒してね、もの凄い好きになっちゃったりとかね。それまでは太宰治が好きだったりとかしてたんですけどね。」

中西豪士
「ああ、その感じはね。ありますね。」

宮本浩次
「そういうね…アルバム2枚出してきて、プロとしても…プロとしてもっていうと変ですけど、何年か経ち始めて、ちょうど大学卒業みたいなこと近づいてきましてね。非常にそういう怒り一方のね…例えば彼女と上手くいかなくなってきた事なんかもあったりとかしつつね、そういう色んな思いを感じるものがあったんじゃないですか?だから繰り返しですよね?これからもたぶんこうやって繰り返していくんでしょうけども、ちょうどそういう非常にバンドなんかにしても色々「こんな重いサウンドでいいのかな?」とか「もうちょっと多彩な彩りのある物にしたい」なんて、ちょうど3枚目位ってね、どんなバンドって思うもんですしね。そん中で非常に唯一『珍奇男』っていう今でもライブでやると非常に盛り上がるね、『デーデ』、『ファイティングマン』に匹敵するぐらい盛り上がるね。今でもコンサートでよくやりますけれども。そういう曲が生まれたんですよね。」



わたくしを見たなら お金を投げて欲しい
あわれなる珍奇男みなさんあきれておられる

浮世の夢珍奇男<br />3rd 「浮世の夢」より
珍奇男
3rd 「浮世の夢」より

世間の皆さん 私は誰でしょうね
わたくしは珍奇男 通称珍奇男


中西豪士
「これはあれですか?今でもステージでやる時に、当時の感覚とわりと近い感じで歌える歌ですか?」

宮本浩次
「そう…でもないですね。心境とか…例えば「私を見たなら お金を投げてね」っていう詞が入ってくるんですけどね、そんなとこいくと「本当に投げてくんねえかな?」って思っちゃうんですけどね。「お金を投げてね」っつって…本当に投げられちゃうと困っちゃうんですけどね(笑)。それじゃあ、何かのお芝居でほら、下町の玉三郎がなんかお金もらって…お賽銭もらって、「どうも」みたいに拾っていくみたいなさ。そんな感じがしちゃってちょっと嫌だなっていう風には思いながらやったりしてますよね。やっぱりお金っていうのは…僕はずいぶん意識してたんですね、前から「お金お金」ってね。」

中西豪士
「お金が嫌だと言ったり、お金をくださいと言ったり…(笑)。えーと…その後が、『生活』ってアルバムなんだけれども、1stアルバムで凄く“怒っていた”宮本浩次が、“怒っていない”というか、こんなに沈んでしまうのかなっていうのが、凄く当時も思って、未だにずっと思っていて。どういう心境だったのかな?この頃は。」


この続きは…いつか文字起こしすると思います(笑)。

エレファントカシマシ
CDでーた.com
MUSIC ON! TV
エレファントカシマシ情報サイト CLOSE STAGE LIVID
エレファントカシマシ宮本浩次@Åya
m2音楽の旅
2006 LIVE FACTORY 721 「エレファントカシマシ」
THE ELEPHANT KASHIMASHI SP 激情編(2)
この記事へのコメント
私は当時の映像を見ていないので、非常にありがたいです!!いつか続きをお願い致しますぅ!!
Posted by kyouko at 2006年08月22日 00:32
kyoukoさん、はじめまして。

この番組は1999年6月頃に放送された番組で、
当時はネットも今ほど普及しておらず、初期作品の情報に
飢えていた僕は、何度も何度も繰り返して見ていた
覚えがあります(笑)。

たかが文字起こしなんですが、結構時間がかかってしまう
作業なので、時間に余裕がある時にまた続きを
やりたいと思ってます。
その時はまたよろしくお願いします。
Posted by マック at 2006年08月22日 19:29
こんばんわ、マック様

字起こしご苦労様です(アッシには出来ない芸当っす)
「ココロに花を」で魅了されてから、このアルバム以前に発売されたものを探すのに、ひと苦労した想い出があります。当時金沢に住んでいたのですが、北陸一の都市ですら無かったんですよね。
そうそう、この頃にニッポン放送で「悲しみの果て」が、やたらかかっていました。
「ファイティングマン」久々に聞いてみようかしらん^^
Posted by kenjipunkrock at 2006年08月24日 23:16
kenjipunkrockさん、こんばんは。

>このアルバム以前に発売されたものを探すのに、
>ひと苦労した想い出があります。

現在は特に「奴隷天国」が手に入りにくいみたいですね。
僕が住んでるところはド田舎なので、逆に中古CD店
などでレアモノを見かけたりもしてます(笑)。

Posted by マック at 2006年08月25日 20:40
どうぞたいへんでしょうが、文字起こしのつづきを、楽しみにしております。
STARTING OVERのツアーはいかれましたか?I感想ものせてくださいね。
Iたいへん勉強に、なりました。II
Posted by ゆうこ at 2008年06月01日 20:24
ゆうこさん、初めまして。
コメントありがとうございます。

>STARTING OVERのツアーはいかれましたか?

残念ながら行けてません。
チケットも取りにくいみたいですね。
ゆうこさんは行かれましたか?

エレカシの記事は他にもいくつかあるので、
もし良かったらブログ内検索からどうぞ(´∀`)
Posted by マック at 2008年06月01日 23:35
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