2008年08月09日
上田ちゃんネル #47ch717「テレ朝チャンネル」で「上田ちゃんネル #47」見ました。前回は上田義塾発足SPの振り返りやB級グルメ話、銃弾の飛距離等の話題で盛り上がってましたが、今回は…?

上田晋也
「実は俺1個だけ聞きたい事があるんだけどさ…。」
古坂大魔王
「1個だけ?聞こう。」
上田晋也
「今日何する?」


ホント台本なし自由気ままな番組で(笑)。特に今回は「(いつも来る)FAXも無かった」「マネージャーからのメールで「18時回し」って凄くないですか?」と、今さらながらも番組のゆるさに不安になる古坂さん(笑)。

ゆるい感じに今さら上田晋也
「テレビ番組ってさ、必ず企画があるじゃんか。例えば、我々がやってる「くりぃむナントカ」とかもさ、内容は決まってないけれども、「鉄道オタクを集めて何かをやります」とかっていう必ず企画があるのにさ、この番組ホント何もないから、企画っていうものがな。」
古坂大魔王
「上田さんの友達が集まるっていう、ホント飲み会って事よ。飲み会で飲まないって事。」
上田晋也
「いいのかね?こんなんで。怒られないかね?」
古坂大魔王
「ん〜、俺ね、とっくに2年位前にダメだと思うよ?」
一同
「(笑)。」
上田晋也
「今、考える事じゃないな(笑)。」
古坂大魔王
「たま〜に思う。終わった後に「いいのかな?」ってずっと思ってたけど、「あ、ダメだな」と思った。もうダメなんだ、この番組。」
上田晋也
「そうだそうだ。今さらそんな悩みは必要なかった。去年のバーベキューでも反省するべきだし、こないだの野球合宿も反省するべきだし。」
古坂大魔王
「ウチの友達が、この番組大好きなの。本当に見てるの。「どういう時に見るの?」って言ったら、何か「本読んでる時」とか…。」
上田晋也
「(笑)。」
古坂大魔王
「「ゲームしてる時」に流す“環境VTR”なんだって。」
上田晋也
「そうなの?そういうつもりはなかったけど…(笑)。」
古坂大魔王
「マックとかで(隣の席のグループが)たまに盛り上がる時に“「何喋ってるんだろ?」と聞く”みたいな番組。」
上田晋也
ちゃんと見てるの「でも、それ位でも見てくれりゃありがたいけどね。確かにこんなガッツリ見られてもなぁ?そんな高度な話、何一つしてませんからねぇ。」
古坂大魔王
「ちゃんと見てるの1人、「スカパーな日々」のみ。アイツはもう何十回も見てやってるかもしんない。」


いつも名前を出してくださってありがとうございます!もう上田ちゃんネルはガッツリ見てますよ(笑)。もっとガッツリ見てるファンもガッツリいるはず!

上田晋也
「スカパーな日々は、上田義塾の方のあれ(まとめサイト)も作ってくれたんでしょ?」
浜ロン
「音が流れたりするんですよね?」
古坂大魔王
「だから、最近この番組にパワーを使いすぎて、他の番組のレポートが適当ですからね(そんな事ないです^^;)。」
上田晋也
「あともう一つお願いがあるんですけども、トレーディングカード作ってもらえませんか?」
桐畑トール
「そこも頼む?(笑)」
上田晋也
「あとできればフィギュアの方もお願いします。」
浜ロン
「丸投げだよ(笑)。」
古坂大魔王
「何なら、お金下さい。」


お金無いです(苦笑)。上田ちゃんネルのファンの方で、本当にそういう技術があってフィギュアとか作ってくれる方いませんですかね?視聴者視点のトレーディングカードも、野球に詳しい人が上田義塾カードゲームみたいに作ってくれたら面白いかも。

上田晋也
「これ…こないだベースボールマガジン社さんから事務所に送ってもらってさ。これ面白いよ?」


上田さんが何気なく手にしたお勧めの一冊。「これ面白いよ?」の一言で、今回のテーマは「週刊ベースボールマガジン50yearsで1時間」に決定!

-----------------------------------------------------------------------------------

週刊ベースボール50years―創刊50周年記念特別企画創刊50周年記念特別企画
週刊ベースボール50years


『週刊ベースボール』の創刊50周年を記念して。長嶋茂雄、王貞治、川上哲治、星野仙一等への特別インタビューを収録。そのほか、プロ野球OBランキング調査、50年の『週刊ベースボール』と日本プロ野球なども掲載する。「MARC」データベースより

浜ロン
「この(表紙の)絵とかも、ボンカレーの感じですよね。」
桐畑トール
「これって写真なんですか?絵なんですか?」
浜ロン
「まさか白黒写真に色を…?」
上田晋也
「これは…写真だよ、これ。」
桐畑トール
「画質がこの当時はこういう?」
上田晋也
「そうそう、そうだよ。」
古坂大魔王
「こういうトレーディングカードもいいね。瀬戸口さん、これじゃない?この画質でしょ?」
上田晋也
「確かに味あるよね。」


この時代の画質なんでしょうね。よく昔のプロレスの記念本なんかを買うと、当時の猪木さん馬場さんの表紙が、この画質で写ってます。

上田晋也
「でもさ、やっぱり長嶋さん、王さんじゃないと締まらないよね。だって、長嶋さんの現役時代なんて知らないわけじゃんか。王さんの晩年ぐらいはギリギリ知ってるけれども。…でも、知らないか?」
古坂大魔王
「俺は、王さんはあんまりよくわかんない。」
上田晋也
「そうか。でもさ、そんな我々世代でも「野球の50年の歴史」っていったら、やっぱりこのお二人になるわけでしょ?」

長嶋茂雄
1958年〜1974年までプロ野球チームの読売ジャイアンツで三塁手としてプレイした。現役時代は巨人の中心選手として活躍。背番号3は巨人の永久欠番のひとつである。愛称は「チョーさん」「ミスター」「シゲ」。マスコミでは「ミスタープロ野球」「ミスタージャイアンツ」と呼ばれることもある。

王貞治
巨人では入団から監督を退くまで背番号1を背に戦い、1番はチームの永久欠番となっている。「世界の本塁打王」、「世界の王」とも呼ばれる大打者である。現在は福岡ソフトバンクホークス取締役副社長、ゼネラルマネージャー兼監督。ワールド・ベースボール・クラシック初代優勝監督でもある。日本国民栄誉賞の最初の受賞者。

キミは松井か、イチローか。―野球革命 4スタンス理論古坂大魔王
「いくら凄いって言っても、イチローと松井…50年ではないよね。今のヒーローはイチローと松井かもしれないけど。」
上田晋也
「これが後々…さらに50年後ぐらいになったらさ、誰になるのかね?そこはやっぱりイチローとか野茂とか今後の活躍次第では松坂とかになるのかな?」
浜ロン
「あ〜。」
上田晋也
「でも、それでもやっぱり俺、王・長嶋のような気がするんだよね。」
古坂大魔王
「相変わらずプロレスも、力道山とかさ、猪木・馬場しかないじゃない?時代を作ったから、もうこれは徳川家康みたいなもんで、もうないんじゃない?」
上田晋也
「なるほど。長嶋さん、王さんになるのかね?ここは。」
古坂大魔王
「田尾・高橋由伸とかって、あんまないじゃん?」
上田晋也
「それは「あるわけねぇだろ」っていうツッコミが言いづらいけれども、それはない!」
浜ロン
「(笑)。」
古坂大魔王
「“田尾・香川”とかは?」
上田晋也
「なぜお前は、田尾さんをそんなに…?(笑)」


田尾安志
現役時代は俊足巧打の外野手として鳴らした。イチローが子供の頃に憧れた選手としても知られる。打席での構えでバットをグルグル回す"円月打法"から広角に打ち分け、安打製造機と呼ばれた。東北楽天ゴールデンイーグルスの初代監督である。

古坂大魔王
「何なら、(表紙)田尾・(裏表紙)田尾。」
上田晋也
「それ「週刊田尾」だよ。」
古坂大魔王
「(爆笑)。」
浜ロン
「今?現役じゃないのに週刊?(笑)」
古坂大魔王
「“TAO”ね!「週刊TAO」!」
上田晋也
「何が載ってるんだよ(笑)。」
浜ロン
「晩飯の献立とか載ってるんじゃないですか?(笑)」
上田晋也
「でも、長嶋さん、王さんなんだね。」
古坂大魔王
「何が凄かったの?」
上田晋也
「だから、みんな「長嶋さん、長嶋さん」って言うじゃん?じゃあ、何でそんなに「長嶋さん」なのか。記録も上回ってる人いっぱいいるわけよ。」
古坂大魔王
「そうそう。」
上田晋也
長嶋茂雄―永遠不滅の100伝説「じゃあ、何で「長嶋さん」かと言うと、それまでは野球の中心って“六大学野球”だったわけよ。プロ野球はいわゆる“職業野球”って言って、六大学野球の次だったの、人気。」
古坂大魔王
「そうだったの!?」
上田晋也
「で、長嶋さんが立教でホームラン記録を作って、鳴り物入りでプロ野球界に入ってきて、そこからプロ野球が1番人気になったわけよ。だから、その先輩達も「長嶋には頭が上がらない」っていうわけ。
古坂大魔王
「もう野球を作ったんだ。」
上田晋也
「プロ野球を1番にしてくれたのは、長嶋さんなわけよ。」
古坂大魔王
「Jリーグのカズだ?キングカズとか、ああいう人がいたからJリーグが…。」
上田晋也
「まぁまぁ…。でも、カズとかと違うのが、その時は娯楽もない時代で1番の娯楽にしてくれたわけだから、だから、やっぱり長嶋さんなんだよね。」
古坂大魔王
「日本全員がハマったから。って考えると、もう今の日本、全員がハマるものって無いじゃん?」
浜ロン
「情報多いですからね。」
桐畑トール
「ソフトの数が多すぎますもんね、結局、趣味にしろ。」
上田晋也
「でも、そんなお前ら文句言うけど、ソフトの数が無かったら、こんな番組やらしてもらえないよ?」
一同
「(笑)。」
上田晋也
「ソフトの数があるからこそ、この番組許されてるんだからな(笑)。」
古坂大魔王
「主にソフトでもないからね(笑)。」
浜ロン
「成立してない(笑)。」
古坂大魔王
「ただ“電波”だから、ただの。ただの“電波”だから。」
上田晋也
「ソフトが多い事は喜ばしい事でもあるけれどもね。だって、「シャボン玉ホリデー」の頃よりいい加減な番組だからね?言っとくけど。」


「シャボン玉ホリデー」も番組のゆるさが売りだったんですか?(笑) 僕も野球あまり詳しくないので「長嶋さんって何が凄かったんだろう」と思ってたんですけど、上田さんの解説に大納得!

* * * * *

ON特別対談 (1993年)

上田さんが興味深かったという内容が、1993年に行われた王さんと長嶋さんの「2000号記念 ON特別対談再録」。

プロ野球の品格 ~ONからのメッセージ~上田晋也
「「今の選手はインコースを打つのがヘタだ」と。長嶋さんが言うには「インコース打ちが巧いのは、落合ぐらいかなぁ」って、俺、1993年の対談って思わないからさ、「えっ、長嶋さん何言ってるの?落合が今インコース打ちが巧いってどういう事?」って思ったら、15年位前の記事なのね。そういうこと言っててさ、王さんも王さんで「でも、落合にしてもちょっと苦しいですよ」とかって言い方をしてたりとかね。」
古坂大魔王
「えぇっ!?どうなんだろうね?よくさ、アントニオ猪木が全盛期にPRIDEに行けば強かったのかとか、力道山が今いれば強かったのかとかあるじゃない?」
上田晋也
「それがね、張本さんが雑誌か何かで言ってたのが、王さんと飯食ってたのかな?で、「我々の時代の野球と今の時代の野球は…」って比較論の話になったんだって。で、王さんって絶対今の選手をけなしたりしないし、「ピッチャーも今の方が全然速いし、球種も豊富だし」っていうのは認めてるんだって。ただ、ボールはやっぱり「今の方が飛ぶ」と。自慢話とか王さんはしないけれども、「あのボールだったら、俺達の時代、70本打ててねえか?」みたいな事は言ってたらしいんだよね。確かに王さんだったら、70本打ってたかもしんないけどね。」
古坂大魔王
「まあね。」
上田晋也
「今は球場が広くなって、フェンスも高くなってっていう条件は違うけどな。」
古坂大魔王
「球種も多いじゃない?この当時はカーブ・シュート・フォーク・ストレートぐらいじゃない?」
上田晋也
「そうだね。だって、堀内なんて直球とドロップ位しかなかったしね。」
浜ロン
「重さは一緒なんですか?」
上田晋也
「重さは一緒じゃねぇか?」
桐畑トール
「どうだろう?結構、曖昧だったんじゃない?当時は。」
上田晋也
「飛ぶって事は、重さも関係してくるわな、絶対にな。」
桐畑トール
「そうですよ、結構バラツキが。」


今の技術ではあり得ないと思われていても、環境に恵まれてない時代だからこそあり得た事っていうのは、どんなジャンルにでも絶対ありますよね。

* * * * *

偉大なるプロ野球界の名選手

日本プロ野球史にその名を刻む伝説のプレーヤーたちの雄姿が収録された、特別付録のDVD「我が英雄」を見た上田さんが挙げる偉大なプロ野球名選手とは?

神様、仏様、稲尾様―私の履歴書 (日経ビジネス人文庫)上田晋也
「いわゆる4連投4連勝とかさ、3連敗から稲尾の4連勝があったりするわけじゃんか。今そんなの無いもんな。」
古坂大魔王
「確かに、江夏ってすげぇピッチャーじゃない?でも、今なら打てるかもしんない。打てる可能性あるよ。」
浜ロン
「(笑)。」
上田晋也
「まぁまぁ、今はそれは球速もそんなには出ないしね、江夏さんも。」
古坂大魔王
「だから、マジでマスターズリーグと上田義塾はあるかもね?」
上田晋也
「ちょっと目指したいよね。」
古坂大魔王
「勝てるよ、きっと。福本さん…。」
上田晋也
「勝てはしねぇだろ…。」
古坂大魔王
「今、俺の方が速いんじゃないかな〜。」
浜ロン
「球ですか?足ですか?」
古坂大魔王
「足で。」
上田晋也
「福本豊、カッコ良かったよね。盗塁の世界記録作ってさ。」


福本豊
939盗塁で当時のメジャー記録を更新(1983年)。「世界の盗塁王」の異名を持つ。総合的な能力の高さから、現在でも「史上最強の1番打者」との呼び声が高い。


上田晋也
「ガーッとセカンドに盗塁して、こう花束を女性が持ってくるわけよ。で、試合終わって「世界記録ですね!どうですか?今の気持ちは?」って聞かれたら「ピンときませんなぁ」って(笑)。」
古坂大魔王
「カッコイイ!」
上田晋也
「「そんなのどうでもええわ〜」みたいな感じだったからね。」
桐畑トール
「国民栄誉賞も断ってるんですよね?」
上田晋也
「国民栄誉賞の話あったんだ?」
桐畑トール
「あったみたいですよ。「いりまへんわ」みたいな。」
浜ロン
「衣笠さんが持ってますもんね?じゃあ、いってもおかしくないですね。」
上田晋也
「でもね、国民栄誉賞とか断っても正解だと思うよ?たぶん身動き取れないぜ?あんなのもらったら。」
桐畑トール
「そうなんですよ。断った理由が「そんなの貰うたら立ちションできまへんわ」って言ったらしいですよ?」
古坂大魔王
「福本カッコイイね!」
上田晋也
「立ちションできねぇから断るって、カッコイイな!国民栄誉賞を!」
浜ロン
「バンバンしてるんでしょうね今は。」
桐畑トール
「そういう事なのかな?(笑)」
上田晋也
「あくまで例えだよ(笑)。」
古坂大魔王
「頻尿気味だからね。」
上田晋也
「泌尿器科へ行けよ!(笑)」


お笑いでどうすれば国民栄誉賞取れるの?」と古坂さん。トークの中で名前が挙がっていたビートたけしさんは貰う資格があると思いますけど、国民栄誉賞は授賞基準があいまいなので、歴史に名を残していても、長谷川町子さん(サザエさん原作者)や美空ひばりさん(歌手)のように、亡くなってから受賞するというパターンも多いとか。

桐畑トール
「国民栄誉賞って、どういう基準で?あげるあげないは。」
上田晋也
「厳密にはない。要は、その時の内閣が人気を上げたいからあげるっていう側面もあるわけじゃんか。内閣の支持率が低いから、ちょっとあの活躍した人にあげて。やっぱそういう効果もあるわけよ。」
桐畑トール
「ほう。」
上田晋也
「だから、厳密な基準なんてないわけ。そん時の内閣とかがどう考えるか。あと、もちろん感動とか夢を与えたっていうフワッとした基準はあるけどさ。」
古坂大魔王
「内閣となんとなく仲良くなって、ウチらがね。」
桐畑トール
「さては貰う気?(笑)」
古坂大魔王
「なんとなくよ?なんとなく内閣周りで良い事いっぱいすんのよ。内閣が「最近、内閣の周りにいるアイツさ、何か良い事してんな」って。」
上田晋也
「そいつも絶対、内閣の人間じゃねぇよ(笑)。」
浜ロン
「警備員が(笑)。」
古坂大魔王
「「内閣を賑わしてるアイツさ、ちょっと頑張ってねぇか?」」
上田晋也
「おそらく総理だよ、内閣を賑わしてるのは(笑)。」

古坂大魔王
「誰かが言わなきゃいけないと思ったから…自分じゃもちろん言わないよ?こんな話をしても、例えば「俺は…」なんて言わないよ?もう誰かが言わなきゃダメ。(上田の肩を叩いて)あるよ。」
上田晋也
「ねぇよ!(笑)」
桐畑トール
「ウチのおやじが!?」
古坂大魔王
「ウチのおじきが「例えツッコミ ギネスブック」。」
上田晋也
「あるか!そんなもん(笑)。」
桐畑トール
「量?」
古坂大魔王
「量を例えた。○個例えたか。何ヶ所仕切ったか(笑)。」
上田晋也
「内閣に、完全にバラエティー班がいるんだろうな。」
古坂大魔王
「元プライムがいるよ、きっと(笑)。」


ゆくゆくは、あってもおかしくないと思います(笑)。

* * * * *

偉大なる選手が残した名場面

週刊ベースボール 50years」の特集を見ながら、当時の名勝負を振り返る皆さん。

近藤真市 デビュー戦
ノーヒットノーランを達成 (1987年)

古坂大魔王
「これって未だにやった人いないの?」
上田晋也
「デビュー戦でノーヒットノーランは、いないんじゃないか?と思う。」
古坂大魔王
「凄いね。」


ブライアント
西武戦の天王山で、4打数連続ホームラン
(1987年)

上田晋也
「10.19で近鉄が優勝できなかった次の年さ、西武とのダブルヘッダーでブライアントが4連発、2試合にわたって。渡辺久信がガックリうなだれてたからな、マウンドで。」
古坂大魔王
「もう嫌になるんだろうね。4回だよ?ホームラン1発でも「打たれた〜」ってなるじゃん?2発目で「まただよ…」って。3発目で「えぇ…」。4発目はもう何も思わない。「そういう人だ、コイツは」と。」
浜ロン
「そういう人?打つ人?(笑)」
上田晋也
「確実にブライアントをマークしてるわけじゃんか。マークしてて、確かに1本打たれただけでも「うわ〜、給料差っ引かれるぞ…」とか思うじゃんか。4発打ち込まれるんだよ?」
古坂大魔王
「逃げなかったのは凄いけどね、そういう意味では。」
上田晋也
「あれは衝撃的だったよな〜。」
古坂大魔王
「ブライアントって凄かったね。」


イチローvs松坂
初対決で、三打席連続三振を奪った(1999年)

怪物・松坂大輔 超新人の一年上田晋也
「いわゆる“自信から確信に変わった”っていうコメント残したのも、もちろん。」
古坂大魔王
「名場面ってわけじゃないけど、桑田とイチローの初対決。メジャーに行って、桑田が出てきて、イチローが外角のカーブを三振したやつ。俺、あれは色んな意味があって好きなんですよね。」
上田晋也
「どういう意味?」
古坂大魔王
「何かわかんないけど、イチローの空振った後の笑った感じの?」
上田晋也
「あ〜。」
古坂大魔王
「何か「すげぇ桑田さん」みたいな。」
上田晋也
「ちょっと花持たした的な部分がね。」
古坂大魔王
桑田真澄ピッチャーズバイブル (集英社文庫 い 61-1)「でも、桑田は一生懸命やって「ヨシッ!」みたいな。あれが何か大先輩とスーパースターの後輩なんだけど立場が違って、でも、イチローの花を持たせ…たかどうかはわかんないけど、あの空振りの意味とかもすげぇあるかもしれないですね。」
上田晋也
「よくあるじゃん、引退試合の時とか、その人の球で三振したりとかね。」
古坂大魔王
「ああいうの好きなの。」
浜ロン
「でも、広島の佐々岡が横浜の村田に、最後の登板でバカーン!とホームラン打たれたんですよね、(ホームラン王まで)1本足りなくて(笑)。」
上田晋也
「だから、「引退するけど打ちます」みたいな(笑)。」
古坂大魔王
「「俺、来年あるんで。アンタないじゃないですか」」
上田晋也
「(笑)。あれはあれで気持ちよかったけどな。佐々岡も「気持ち良かった」って言ってたもんな。」
浜ロン
「でも、村田は泣いたらしいですけどね、「すいません、申し訳ない」って言って。」
上田晋也
「いや、しょうがないだろ、真剣勝負だから。」
浜ロン
「しょうがない、ホームラン王取りたいですからねぇ。」


高橋慶彦
33試合連続安打の新記録達成(1999年)

上田晋也
「あとこれもあったな、高橋慶彦の33試合連続安打。」
浜ロン
「それ記録なんですか、未だに?」
上田晋也
「だと思うよ。」
浜ロン
「じゃあ、イチローもいってないってことですよね?」
上田晋也
「うん。」


村田兆治
ヒジの手術から復活。日曜日に7連勝して「サンデー兆治」と呼ばれる

哀愁のストレート―もっと速い球を!古坂大魔王
「サンデー兆治とかね。」
上田晋也
「復活してね。」
古坂大魔王
「1回、怪我したんだっけ?」
上田晋也
「そうそう、ヒジをね。」
古坂大魔王
「手術して、そこから「週に1回位しか投げれないよ」って言って、日曜日だけっていうね。」
浜ロン
「あれでジョーブ博士を知りましたからね。」
古坂大魔王
「ああ、ヒジのね。俺も昔、ヒザの靭帯切ったの。ある番組で、今モンキッキーの元おさるが、何か調子こいた事ばっかり言ってるから、俺もう殴ってやれと思って走って追っかけてたの。で、俺、袴を着てたの。おさるも袴だけど、アイツ足速え〜じゃん?でも、俺も速かった方だからガーッと行ってたら、袴に引っかかってジャンプしてそのままアスファルトにニードロップして、靭帯ブツッ!って。」
上田晋也
「うわ〜。」
古坂大魔王
「断裂したの。そしたら病院で「手術しますか?」って言って。その「ジョーブ博士とかの系列の所とかでできますよ」って言って。そういうのを「作るのすぐできますよ?」みたいな感じで。で、あの博士が作ったそういうマニュアルみたいなやつが広まってきて、その人口靭帯、人口関節というのを、一般の人間にまで広まってきたんだって。」
上田晋也
「お前、ジョーブ博士にやってもらえばよかったのに。だって、ジョーブ博士にやってもらった芸人いないぜ?」
一同
「(笑)。」
古坂大魔王
「だけど、高け〜んじゃね〜の?」
上田晋也
「いやでも、ネタになるじゃん?「ここジョーブ博士にやってもらいまして」「別にその辺でいいよ」って言って(笑)。」
浜ロン
「それをドキュメンタリー番組でやりたいですよね(笑)。」


フランク・ジョーブ
米国の整形外科医。1974年、利き手の左腕靭帯を損傷していたトミー・ジョンに対して腱を自家移植する手術を実施。ジョンの手術以降、同様に肩や肘を故障していた数多くのプロ野球選手に対して同様の手術を行い、多くの選手が故障から復活した。米国では現在、この手術をトミー・ジョン手術と呼んでいる。日本のプロ野球選手では、村田兆治、荒木大輔や桑田真澄が同様の手術を受けた。
 

IGFに立会人で来日していた不沈艦スタン・ハンセン氏も、引退後に人工関節にして普通に生活できるようになったそうですけど、この手術もジョーブ博士の手によるものなのかも知れませんね。

* * * * *

スゴかった歴代の外国人「助っ人」

続いて、助っ人外国人選手の話題で盛り上がる皆さん。冷静に考えると、プロ野球にボクシングにプロレスに…と、有名無名問わずこれだけの外国人の名前を覚えてるって、何げに凄くないですか?(笑)

リー兄弟
兄レロン・リー(登録名リー)と弟レオン・リー(登録名レオン)の、ロッテの助っ人兄弟。レオンの息子は、アメリカメジャーリーグで活躍しているデレク・リー。

上田晋也
「リー兄弟とかさ。」
古坂大魔王
「ああ!レオン・リーね!」


ライトル
1977年に広島東洋カープへ入団。1年目から活躍を見せ、衣笠祥雄や山本浩二らとクリーンナップを形成し、1979年と1980年のリーグ連覇に貢献。高い長打力と守備力を兼ね備えた広島の黄金時代を支えた好選手の一人。

上田晋也
「ライトルいたなぁ、広島のライトル。」
桐畑トール
「知らないな…。」
上田晋也
「知らない?メガネかけてさ、どっちかっていうと弁護士的な感じの風貌でさ。」
古坂大魔王
「78年だよ?俺、5歳だからね。」
上田晋也
「俺は、8歳9歳で小学校低学年ぐらいだからね。いわゆる広島が一番強かった時期じゃん。」


ラインバック
1976年にボルティモア・オリオールズのマイナーチームから阪神に入団。やや打球判断に難はあったものの華麗さを感じさせる守備や1塁へのヘッドスライディングなどガッツあふれるプレーで観客を沸かせ「マイク」の愛称で親しまれた。アニメ『新巨人の星』にも登場し、さりげなく好プレーが光る選手として描かれている。

上田晋也
「江川が初めて打たれたのがラインバックだったよな?ホームラン。」
浜ロン
「知らないです…(笑)。」
桐畑トール
「誰でも知ってるような言い方…。」
古坂大魔王
「江川でもラインバックでもねぇからさ。」
上田晋也
「(笑)。」


ソレイタ
サモア出身。日本ハムで5番打者として活躍。1980年来日。1981年に本塁打と打点の二冠に輝く。1982年指名打者部門のベストナイン受賞。1983年4年連続30本塁打以上を記録するも、その年限りで退団、現役を引退。

君はソレイタを見たか!―プロ野球思い出の助っ人、驚きと爆笑の全記録上田晋也
「ソレイタは凄かったね。」
古坂大魔王
「凄かった。」
浜ロン
「知らないです。」
上田晋也
「知らないの?お決まりだったじゃん?ソレイタがガーンとホームラン打ったら…。」
古坂大魔王
「ソレイッター!」
浜ロン
「何本ぐらい打ったんですか?年間に。」
上田晋也
「えーと…44本、81年に打ってるね。で、ホームラン王。」
古坂大魔王
「でも、意外と年数少なかったよね?2〜3年でしょ?…(雑誌を見て)ここからもう大好き!クロマティー、ポンセ、ウィンタース!」

 
ブーマー
1981年にブルージェイズ、1982年にツインズを経て、1983年に阪急ブレーブスに入団。登録名を『ブームを呼ぶ男』の意味のブーマーとした。200cm、100kgを超える巨体からパワーヒッターを想像させるが、器用さと優れた選球眼を兼ね備えた打撃の名手であった。

古坂大魔王
「ブーマーなんか、超最高じゃん!?」
上田晋也
「だってさ、みんな史上最強の外国人は「バース」って言うけど、俺はブーマー派なんだよ。」
古坂大魔王
「俺もブーマー派!」
浜ロン
「長く活躍しましたもんね。」
上田晋也
「で、必ずリズムを残してたしさ。三冠王も1回取ってるしさ。年数から考えると、俺はブーマーだと思うんだよね。」
古坂大魔王
「ブーマーってさ、何でアレで打てんの?っていうぐらいさ、スイングが波打ってるんだよね。すげぇ変なアッパースイング。」
桐畑トール
発注下手「僕、ブーマー見ていつも思ってたのが、シャツがピチピチで(直す姿で)ずっとイライラしてて。」
浜ロン
「ブーマーは発注下手なんですよ(笑)。」
桐畑トール
「「ワンサイズ上だよ?お前のユニフォームは」みたいな。小さいの気にしてるんですよ、凄く。」
上田晋也
「確かにそうだったな(笑)。」
古坂大魔王
「芸人のBOOMERは、ゆったり系のシャツでね(笑)。」
上田晋也
「だけど、ブーマーが一番凄かったのは、門田を脱臼させたアレだな。」
浜ロン
「ハイタッチでしたっけ?(笑)」
上田晋也
「ハイタッチで、チームメイトを脱臼させたんだぜ?」
一同
「(笑)。」
古坂大魔王
「あと、バットを止めたら、バットが折れたの知らない?」
上田晋也
「知らない。」
古坂大魔王
「ボール来て、振ろうと思ってやめたの。やめたらバットが折れたの、ボキって。」
上田晋也
「単にバットが弱ってただけじゃないの?」
古坂大魔王
「力が凄かったの。身長が確か2mあったよね?(雑誌を確認)2m、100kgだよ!?」
上田晋也
「切りいいな、コイツ。」
古坂大魔王
「(笑)。」
桐畑トール
「褒める所がおかしい(笑)。」
浜ロン
「肩脱臼して、次の日のコメントが「油断した」って(笑)。油断するよ、ハイタッチなんだから誰でも(笑)。」
上田晋也
「油断していいよ、ホームラン打ったんだったら(笑)。」


デストラーデ
1989年6月、前年からチームの主砲を務めていたタイラー・バン・バークレオの不振のために西武が急遽獲得した。デビュー戦でいきなり本塁打を放つと左右両打席から本塁打を量産、1年目は規定打席不足ながら32本塁打を放った。

上田晋也
「あとさ、ブーマーと匹敵するのはデストラーデだろ。」
浜ロン
「こいつスイッチでしたっけ?」
古坂大魔王
「スイッチ。スイッチヒッターで45本とか打ってたよね。」
桐畑トール
「最初、安い年棒で入ってきてね。」
上田晋也
「90年から3年連続本塁打王だしね。91年は打点王も取ってるし。」
桐畑トール
「秋山・清原・デストラーデっていう、この黄金期の。」
浜ロン
「あの頃は凄かったですね。V9(65〜73年9年連続日本シリーズを制覇した読売ジャイアンツ)とほぼ変わんないですよね。」
古坂大魔王
「強さはそうだった。」
上田晋也
「野球のレベルから言えば、あん時の西武の方が強いだろ?進化してるからな。」


ブライアント
ロサンゼルス・ドジャースを経て、1988年に中日ドラゴンズ、同年途中から1995年まで近鉄バファローズに在籍。三振を全く恐れないパワフルな打撃で多くの伝説的な本塁打を放ち、多くのファンを魅了した。

上田晋也
「ブライアントも凄かったしなぁ。」
古坂大魔王
「最近になってくるとあんまり…小さく感じるな。」
上田晋也
「そうだな。カブレラは魅力あるけどね。あと俺、オグリビー好きだったな、近鉄の。」
浜ロン
「(バット振り回して)コレね。」
上田晋也
袖がボロボロ「いつもココ(ユニフォームの袖)噛んでこうやって(暴れて)。ココ歯型でボロボロになってんのよ。」
古坂大魔王
「名前で“ビー”って何だよ、“ビー”って。」
上田晋也
「そこはいいよ(笑)。」


ポンセ
横浜大洋ホエールズで活躍。背番号は7番。口ひげを生やしており、その容姿が当時人気だったゲームソフト『スーパーマリオブラザーズ』のマリオに似ていたため、「マリオ」と呼ばれた。

ニュースーパーマリオブラザーズ デスクトップソフビシリーズ マリオ上田晋也
「ポンセ、愉快だったね。」
桐畑トール
「マリオみたいな。」
上田晋也
「加藤博一がホームラン打った後…あれ覚えてぇって思ってたもんな。ポンセと加藤博一がハイタッチの複雑なやつやってたじゃん。タタタタッみたいな。」
浜ロン
「チーマーの挨拶みたいなね(笑)。」
古坂大魔王
「それで「ポンセって愉快だね」って…あんまり「あの人、愉快だね」って言わないよね(笑)。ムツゴロウ以外はあんまり言わないと思うんだよね。」
上田晋也
「ポンセは愉快。」


ホーナー
来日直後の4試合で6本塁打を放ち、黒船級の「ホーナー旋風」を巻き起こす。最終的には故障のせいで規定打席に達しなかったものの、打率.327、31本塁打、73打点を記録し、現役メジャーリーガーの力を球界に轟かせた。

上田晋也
「ホーナーも衝撃的だったな。」
古坂大魔王
「この当時、ど真ん中メジャーってあんまりいなかったから、ホーナーが初なぐらい、ど真ん中メジャーだったよね?」
上田晋也
「そうよ。」
浜ロン
「でも、頭きたのが、向こうに帰ってからちょっと批判を書いたんですよね。」
上田晋也
「箱庭野球みたいなね、「地球の裏側にもう一つの野球があった」みたいな、本当の野球じゃない野球があったみたいな事を言って。」
古坂大魔王
「ふざけんなってね。「燃えプロ」でさ、落合とホーナーだけは、バントしてもホームランになんの。」
桐畑トール
「(笑)。」
古坂大魔王
「あの設定作った日本人に対して、(ホーナーの発言は)失礼だよね!?」
桐畑トール
「それ絶対プログラムミスですよ(笑)。」
浜ロン
「じゃあ、あれ知ってます?阪神の八木は、足が速すぎて前のランナー抜くんですよ(笑)。」
一同
「(笑)。」
桐畑トール
「それみんなプログラムミスだろ?(笑)」
上田晋也
奇跡を呼ぶ男 落合博満物語「でも、ホーナーがさ、神宮で3連発打ってさ。今まで「プロ野球界の4番は落合だ」っていう時代じゃんか、落合が中日に来たばっかりでさ。ところが1試合3連発ホームラン打って、「やっぱり日本の野球、レベル違うかもしんねえ。メジャーリーガーすげぇ」ってなったら、落合が2〜3日後に3連発打つんだよね。」
古坂大魔王
「そうそうそう!」
浜ロン
「スッゲ〜!」
上田晋也
「それで「やっぱり落合すげぇ!」と思ったんだよ。」
古坂大魔王
「覚えてる。」
浜ロン
「狙ってたんですかね?」
上田晋也
「絶対そうだと思うよ。「舐められるかい」みたいな感じで。」
浜ロン
「それできるのが凄いですよね。」
古坂大魔王
「だって、もうそろそろベテランよ?落合は。だから、落合って好きなんだよな〜。」
桐畑トール
「フィルダー載ってないですか?」
上田晋也
「だって、二冠王を2年連続ぐらいで取ったからな。…あ、打ったんだけど、アイツ悔しがって、バットぶつけた時に小指骨折して帰ったから。あの時点で37〜8本打ってたんだよ。」
浜ロン
「帰っちゃったんですか…。」
上田晋也
「帰っちゃったんだよ。「俺、痛てぇし」って言って。」
浜ロン
「「痛ぇし」って何でギャル語なんだろ(笑)。」
古坂大魔王
「俺、田尾だし(笑)。」
上田晋也
「田尾さんいいよ、もう(笑)。」


ラミレス
2001年、ヤクルトスワローズに入団。1年目から29本塁打を放ち、主に7番レフトとしてチームのリーグ優勝および日本一に貢献。2007年12月29日、巨人への入団が正式に発表される。巨人初のビデオレターでの入団会見となった。入団会見に際し「このチームに足りないものを加えに来た」とコメントしている。

古坂大魔王
「今後残るのはラミレス。だって、巨人に来ても相変わらず打ってるんだよ?」
浜ロン
「それ凄いですよね。プレッシャー違いますもんね。」
古坂大魔王
「ラミレス関係ねぇんだから。」
桐畑トール
爆笑オンエアバトル Light ダンディ坂野「そして関係なく、若手芸人のネタも使いますしね。」
古坂大魔王
「(σ・∀・)σゲッツ!なんて、ラミレスしか見ない。」
一同
「(笑)。」
上田晋也
「ダンディよりこっちの方が見るもんな(笑)。」
古坂大魔王
「1位ラミレス、2位ダンディだから、使用頻度は。」


T・ローズ
オリックス・バファローズ所属。通算400本塁打(外国人選手ではローズのみ)・1500安打を放つなど、日本プロ野球界で「史上最強助っ人」との呼び声が高い。パワフルな打撃とインタビューなどでの関西弁のトーク、親しみやすい性格などで人気がある。
 
上田晋也
「ベイスターズのローズも凄かった。アイツも凄かったけど、このタフィー・ローズも、もう今年も20本打ったんだろ?ずーっと日本に来て20本以上打ってるんだもん。」
浜ロン
「しかも、聞くところによると守備巧いんですって?」
古坂大魔王
プロ野球 ファミスタDS「守備巧い。ファミスタもB。」
浜ロン
「へぇ〜!」
上田晋也
「…(笑)。」
古坂大魔王
「普通助っ人は、CかDなの。でも、ローズはBで、走力も10だから、まぁまぁ速い。(雑誌)見たら、ホームラン400本打つんだって。」
上田晋也
「402本。だから、今年20本以上打ってるから…420何本…もう長嶋さんと同じぐらい打ってるんだよ!?12年目だよ、確か今年が!?」
浜ロン
「異常なペースですよ!?」
上田晋也
「それで420何本打ってるんだよ!?長嶋さんと並ぶんだぜ!?」
浜ロン
「それはハンパないっすね!」


ペタジーニ
ベネズエラ出身。日本ではヤクルトスワローズ、読売ジャイアンツに所属しており、両球団で主軸打者として安定した活躍をみせた“優良外国人”である。

上田晋也
「ペタジーニも良い選手じゃんか。外国人選手として結構歴史に残る。でもさ、この週刊ベースボールのコメントがさ、「質の高い打撃と共に、25歳年上のオルガ婦人も有名!」だって。このコメントはいらんだろ(笑)。」
浜ロン
「凄いですよね、友達のお母さんと…。」
上田晋也
「それないもんなぁ、どう考えても、友達の母ちゃん。」
古坂大魔王
「だって、遊びに来ました、っていった時に恋したんでしょ?お母さんに、友達ん家行って。」
浜ロン
「だって、そこで子供産んだら…どうなるんですか?」
上田晋也
「やっぱその感覚ないもんなぁ、俺は。」
古坂大魔王
「みんなないよ。「俺は」とか言ったけど。」
上田晋也
「ひょっとしたらあったら失礼にあたるかなと思ってさ(笑)。でも、こうやって見ると、外国人選手であんまりピッチャー言わないんだな、みんな。“外国人のピッチャーで言えば”で、みんなでせーので言おうぜ?」
古坂大魔王
「いいよ。」
上田晋也
「外国人ピッチャーで、一番印象に残ってる人、せーの!郭泰源!」
古坂&浜ロン&桐畑
「サンチェ!」


サンチェ
ベネズエラ出身。1986年のキャンプ期間中に巨人に入団。ストッパーとして期待通りの活躍を見せる。

郭泰源
1984年のロサンゼルスオリンピックで台湾代表として活躍し西武ライオンズと読売ジャイアンツが激しい争奪戦を繰り広げたが西武に入団。1年目から「オリエンタル・エクスプレス」と呼ばれた156km/h超の速球を披露した。

上田晋也
「…!?」
古坂大魔王
「サンチェの人。」
古坂&浜ロン&桐畑
「はい!」
上田晋也
「えぇ!?郭泰源だろ!?」
古坂大魔王
「外国人選手ってやっぱり…郭とかって中国の人?」
浜ロン
「台湾ですね。」
古坂大魔王
「やっぱり近いものを感じて、助っ人っていうイメージがないの。」
上田晋也
「でもさ、あの当時、スライダーで140以上投げるヤツなんていなかったんだから。」
古坂大魔王
「だけど、サンチェのあのスライダーとかシュート、「嘘つけ!」っていうのがあったじゃん?変なスー…キュッって。」
浜ロン
「サンチェのストレートもムービングポストっぽかったですよね。揺れて低めにズドン!と来るんですよね。」
古坂大魔王
「年代がほぼココ一緒だから。サンチェ流行ったよ?」
桐畑トール
「俺んちの近所にサンチェそっくりなお兄ちゃんいたんですよ。」
上田晋也
「どうでもいいよ、そんなの(笑)。」
桐畑トール
「セリカ乗った。「あれサンチェだぜ!?」って言って。だから、サンチェは(印象に)残ってます、子供の頃から。」
古坂大魔王
「「あれサンチェだぜ」って…(笑)。」
上田晋也
「でも、俺、サンチェ出すんだったら、ガリクソンの方が…。」
浜ロン
「印象ですか?」
上田晋也
「印象度。ガルベスは?」
古坂大魔王
サンチェの球「ガルベス、ガリクソンとかが、含めてサンチェの次のイメージがあるの、俺。サンチェが凄くて…覚えてる?サンチェの初登板の時の会場の盛り上がり。「サンチェっていう現役のメジャーリーガーが来るよ」って前振りが凄くて。「カーブとか凄いんだよ」って凄いテレビで煽って。で、「サンチェ」ってなったら「ワーッ!!」ってなって。サンチェが投球練習の時、場内がシーンとなって、1球目シュートか何か投げた瞬間、「ブワーッ!!」ってなって。投球練習で盛り上がったの。俺も子供の時「何コレ!?」っていう。本当にCGみたいなグニャッていう。」
上田晋也
「そうか、みんなサンチェだったら、サンチェだなぁ…。」
古坂大魔王
「郭も確かに凄かったけど、何か助っ人っていうイメージがない。」


* * * * *

プロ野球界に衝撃を与えた事件

続いて、プロ野球50年史特集の「事件編」。

阪急・上田監督が日本シリーズで
1時間19分の抗議

1978年のヤクルトとの同年の日本シリーズ第7戦で、ヤクルトの大杉勝男選手の疑惑のホームランの判定を巡り、1時間19分に渡って抗議。金子鋭コミッショナーが収拾に入る異常な事態となった。

上田晋也
「リアルタイムで知らないでしょ?」
浜ロン
「リアルタイムで知ってるんですか?」
上田晋也
「だって、見てたんだもん。見てて「何ずっと抗議してんだよ」って。でも、大杉がカッコイイのがさ、その後、ホームランを打ち直すんだよね。「これで文句ねぇだろ」みたいな感じで。」
浜ロン
「ほぉ〜!」
上田晋也
「大杉も男らしくてカッコ良かったんだよな。」
古坂大魔王
「何でそういう時…。その時打てるんだったら、年間100本打てそうな気がしない?」
上田晋也
「でも、その時の集中力の違いとか、やっぱりあるんだよ。」
浜ロン
「新庄がそんなこと言ってました。4月凄い成績良くて「これなら俺、4割いける」って言って、そこから急降下(笑)。」
古坂大魔王
「波があるんだね、やっぱりね。」
上田晋也
大杉勝男―神宮に咲いたかすみ草 (名球会comics (6))「だって、広島対ヤクルトの試合でさ、何かヤクルトのピッチャーが広島の誰かにデッドボール当てたわけ。で、次の回ね、大杉がバッターボックス入ったらさ、ベンチから「大杉にぶつけろ」っていう指示が出たんだって。で、達川さんが「すいません大杉さん、ベンチから当てろっていうサインが来てるんですけど…」ってボソボソっと言ったんだって。そしたら大杉が「そうか、当てに来い。インコースいいから来い」って言うんだって。「マジいいんすか?」「いいから来い」って言って、それを足開いてズドーン!とぶち込んだんだって。」
浜ロン
「逆に球種が分かると…カッコイイ。」
古坂大魔王
「大杉って凄いね!」
上田晋也
「だって、「バッターでメジャーリーグで通用したの誰?」っていうので、「大杉」って答えが物凄い多いからね。」
古坂大魔王
「ヤクルトのあの大杉だよね?俺の中ではオッサンのイメージなのね、もう。」
上田晋也
「まぁ、(古坂が見ていた頃は)晩年だからね。パワーあったしね。」
古坂大魔王
「今で言えば誰っぽい?清原?」
上田晋也
「いやぁ…今ちょっと難しいなぁ。ちょっと男気があって、ちょっぴり喧嘩早い部分もあってみたいな。」
桐畑トール
「寿司屋にいそうなタイプですよね。出前の途中で野球やっちゃうみたいなタイプ。」
浜ロン
「寿司屋怒ってこねぇかな(笑)。」
桐畑トール
「俺の勝手なイメージだけどね(笑)。」
上田晋也
「大杉、魅力のある選手だったよね。」
浜ロン
「年間、何本ぐらい打ってるんですか?」
上田晋也
「40何本とか…違うか、ヤクルトで一番ホームラン打ったの岩村だもん、年間。岩村が記録作ってメジャーに行ったんだもんな。…38本ぐらい?」
桐畑トール
「38本ぐらいだったですよね。」
上田晋也
「かもしんない。年間一番多く打ったのは岩村だよ、ヤクルトは。」


宇野と掛布の敬遠合戦
1984年には宇野勝と激しく本塁打王を争い最後の直接対決2連戦では両者敬遠攻めに遭い、本塁打王を分け合った。この敬遠の応酬についてはセリーグ会長が両監督(安藤統男と山内一弘)に注意し、最終的には記者団に謝罪するほどであった。

上田晋也
「これもあったな、宇野と掛布の敬遠合戦で、両者共にホームラン王みたいなさ。なんでああゆう事やるかねぇ。」
浜ロン
「一石投じてるなぁ、プロ野球界に(笑)。」
上田晋也
「なぁ?(笑) ああいう事やるとファンが減るよ。」
古坂大魔王
「タフィ・ローズの敬遠とかもでしょ?」
上田晋也
「いいじゃねぇかよ、勝負して打たれたら打たれたでもなぁ。」
古坂大魔王
「あれどう思う?日本シリーズのさ、落合監督の…。」


落合監督の采配
2007年11月1日、北海道日本ハムファイターズとの日本選手権シリーズ第5戦で、8回表まで完全試合投球を続けていた先発の山井大介を9回表に岩瀬仁紀へ交代させた采配には、他球団ファンや在京マスコミを中心として賛否両論が巻き起こったものの、球団として53年間達成できなかった日本一を成し遂げた。

落合戦記―日本一タフで優しい指揮官の独創的「采配&人心掌握術」上田晋也
「俺は、あれは無いと思うわ。」
浜ロン
「プロ野球の未来の為に投げさせてもらいたかったですね。」
古坂大魔王
「山井だっけ?」
上田晋也
「山井なんてさ、あれでパーフェクトすれば、何だったら一生食っていけるネタがあるんだよ?」
古坂大魔王
「近藤のノーヒットノーランみたいなもんだよね。日本シリーズ完全試合っていうのは。」
上田晋也
「だって、メジャーリーグの歴史にもないんだから。やっぱあれはさ…例えば、ヒット1本打たれました、そこで岩瀬だったら別にいいよ?」
桐畑トール
「「それはしょうがないよ、代えるよ」と言ってもいいと。」
上田晋也
「俺、落合好きだけど、あの采配はちょっとなぁって未だに思うね。」
浜ロン
「あれは何すか?心理状態は。」
古坂大魔王
「色々「マメが潰れた」とか「こっちの方が勝率が高い」っていう事なのかもしんないけど。」
上田晋也
「でもさ、落合もさ、ここで代えたらどれだけ文句言われるかなって、もちろん分かった上で代えてるわけじゃない?だから、かなり深い考えがあっての事なんだろうなとは思うんだよ、もちろんね。」
古坂大魔王
「もしくは世紀のドMかね。」
上田晋也
「(笑)。」
古坂大魔王
「今、ここで…推測の話ですよ?」
上田晋也
「当たり前だよ(笑)。」
古坂大魔王
「落合の奥さんも世紀のドSなんですよ。帰ってきたら、槍で「エイヤー!」。」
浜ロン
「死ぬ死ぬ(笑)。」
古坂大魔王
「だけど、落合は「ここでやったら一生言われるぞ〜」と。」
上田晋也
「「日本全国から怒られるぞ」と(笑)。」
古坂大魔王
「「ゾックゾクするぞ!」っつって(笑)。」
上田晋也
「何でザブングルの言い方だよ(笑)。「カッチカチやぞ!」」
古坂大魔王
「「カッチカチやぞ!」(笑)」
浜ロン
「落合…野球をプレイに使うの止めて欲しいなぁ(笑)。」
桐畑トール
「でも、星野監督は「落合っぽいな」って言ってましたけどね。「あそこで代えるのは、本当に落合の性格が出てる」みたいな。」
上田晋也
「まぁ、あれできるの落合ぐらいだもんな。」
古坂大魔王
「誰か止めなかったのかね?」
上田晋也
「「いやいやいや!」って、若手芸人だったら必ず言うもんな。「司会者おかしいぞ!」って(笑)。」
浜ロン
「ベンチでみんなが言わないからですよ(笑)。」
古坂大魔王
「芸人ってバカだね。「司会者!」って(笑)。」
上田晋也
「そうだよな、だって、普通の会社で「ここは当然お前が出張に行くべき」と言われるところをさ、「桐畑、出張行って来い」って言われた時、「ちょっと待ってくださいよ!」って言わないもんな(笑)。」
桐畑トール
「そうか、会社では言わないですね。」
上田晋也
「「あ、分かりました」ぐらいの感じでしょ?」
浜ロン
「「何かあったんだな」って思いますよね。」
古坂大魔王
「絶対、出張は俺だと思ってて…」
上田晋也
「それじゃ、今回の出張は…浜ロンにしようか。」
古坂大魔王
部長!オレ!オレ!.jpg部長!部長おかしいよ!?オレ!オレ!もう1回。もう1回。」
上田晋也
「もう1回?えーと、じゃあ…今回の出張は、よし浜ロン君行ってくれ。」
古坂大魔王
「部長ーっ!!部長ーっ!!」
上田晋也
「確実にクビだよ、一般社会だったらな(笑)。だいたい部長もおかしいのが、わざわざ「今回の出張は…」って完全にボケてんだもん(笑)。」
古坂大魔王
「部長が一番おかしいよ(笑)。野球って面白いな。」
上田晋也
「野球関係ねぇよ(笑)。」


≫続きを読む
 


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。